第八話 翌日
次の日の朝
ビョウ村から少し離れた川の辺りに胤ノ介はいた。
靄が辺りを薄暗く漂う。草木にかかる蜘蛛の巣に露が降り、上り始めた朝日に鈍く照らされ宝石のように輝いていた。
湿り気を帯びた澄んだ空気が心地よく、深く吸い込んだ冷気が吐く息を白く濁す。
意識の片隅に聞こえる川の音が夜明けの森の静寂に呑み込まれ消えていくようだった。
ブォン、ブォン、ブォン
その深く雄大な自然がもたらす静寂を文字通り、切り裂くような音が鳴り響いた。
スキル:写刀が空を切る音だ。
胤ノ助が発現させた複数の刀は綺麗な円を描き、一つの円盤を形作っていた。
「円輪編成は様になったな」
未だに複数の刀を思い通りに動かすことは困難だったが、規則性のある動きであればそれほど苦も無く操ることができるようになっていた。
「朝から何をやっているんだ?」
後ろから声を掛けらる。
手を止め振り向くと、あくびをしながらエリンが悠々と歩いて来ていた。
「スキルの鍛錬だ。前世では毎朝素振りをやっていたんだがな…どうやら体に染み付いたものは忘れられないようだ」
初めは前世と同様に素振りをしようと、スキル:写刀を手に持ち振ってみたのだがしっくりこなかった。
刀が軽すぎて全く振った気がしないのだ。
いや、正確には振るという動作に合わせて刀が連動して動いてしまうので、結果的に自分の腕には負荷が掛からなくなってしまう。
スキルで刀を操ってもいるので疲労感は溜まるが肉体の鍛錬にはなっていないだろう。
「ふ〜ん、それで強くなれるのか。あぁ、気にせず続けてくれ、私は目を覚ましに来たんだったよ」
そう言うと川の方に歩いて行った。
顔でも洗うのだろう、ちらっと見えたが目の下にクマが出来ているようだった。
「どうした?昨晩は寝れなかったのか?」
クマの原因が気になり問いかける。
それと同時にエリンに当たらぬよう川と反対方向にある石を目標に、刀の投射を開始する。
こいつも操れる範囲内なら当たり前だが容易に命中させることができる。
だが、範囲外に出ると飛びすぎたり、はたまた失速したりしてなかなか命中しない。
基本的に刀を発現させるときに練り込む魔力を増やせば性能は向上するみたいだが、その調整もまだまだ時間が必要みたいだ。
「いや、すぐに寝たんだけどね。どっかの誰かさん達がうるさくて目が覚めちゃってね、そっから考え事をしていたら寝れなかったんだよ」
「そ、それは…」
動揺したせいか、投射した刀が明後日の方へ飛んでいく。
うるさいかった原因に心当たりがあったのだ。
昨晩のこと、話し合いが終わった後エリンの隣の部屋を自分と四姫が使っていた。
簡素な作りの部屋には机と寝床が一組、床には大きなイノシシようなの毛皮が一枚引かれてあった。
四姫に寝床を使わせ自分は床で寝ようとしたのだが、四姫はなかなか寝ようとしない。
それどころか四姫のやつ話し合いの場では黙っていたくせに、二人っきりになった途端ものすごい勢いで話をしてきたのだ。
「なんで、胤は戦うの?」
「村を守るためだ」
「なんで、他のやつらの言うことを聞くの?」
「恩返しだ」
なんで、なんで、なんでと一つ答えれば、次のなんでが飛んでくる。
そんな鼬ごっこに嫌気がさして一つこちらからも聞いてやることにした。
「いい加減にしろ!お前こそなんで、俺をこの世界に召喚するように仕向けた?」
これがそもそもの始まりだった。
自分がこの世界に召喚されたのはたまたまではない。
どうやったかは分からないが、四姫がハザマ達にそうするよう仕向けたことは薄々分かっていた。
「やった!ようやくそっちから話かけてくれたね!」
「!?」
こちらから話かけたのが余程嬉しかったのか、四姫は満面の笑みを浮かべ、寝床の上で飛び跳ねている。
「えっと初めはね、本気で言ったわけじゃなかったの…あいつが戦え戦えってうるさかったから、つい胤を連れてきたら言うことを聞いてあげる。なんて言ったら本当にそうなって…」
「(俺がこの世界に来る確証はなかったのか?ハザマ達が俺を召喚した理由は四姫に言うことをきかすため…)」
召喚されてしばらくは自分は選ばれてこの世界に来たのだと思っていたが、経緯を知れば知るほどそうではなかったのだと思い知る。
あくまで必要とされていたのは四姫であり、自分はそのおまけなのだと…
いっそのこと、知らない方がよかったと思えてくる。
菫を召喚するという目標がなければ再び自決していたかもしれない。
「でも胤に会いたかったのは本当だよ!」
「どうだか」
殺し殺されした仲なのだ。
信用しろと言うのがそもそも無理な話だと思うのだが、今までの四姫の行動を考えるに嘘は言ってないのだろう。
「だって生きる意味のない人生なんてつまらないでしょ?」
「また意味の分からないことを…」
と言いつつも、四姫の言葉に聞き覚えがあるような気がした。
だが、いつどこで誰から聞いたのか思い出せない。
「胤はこれからどうするの?」
「また、さっきのなんでの続きか?」
「これが最後!これ以上もう聞かないから」
「そうだな、とりあえずはハザマのことを信じて菫を召喚してもらう。そのためには神器を見つけなければ」
「やっぱり死んでたんだ…どうしても呼ぶの?」
「当たり前だ!……頼むからもう菫のことを殺さないでやってくれ」
胤ノ介は複雑な気持ちを抑え込み頭を下げた。
正直、四姫に本気で来られたら阻止する自信はない。
四姫の行動に責任を取る、などと威勢よく言ったが具体的に何かできるとは思っていなかった。
敵対されたら真っ先に殺されることになるだろう。
だが、今のところそのような素振りはない。
そうであれば、ここは情に訴えるのが得策だと考えた。
「え…う、うん、わかった」
目を丸くして驚いている。
四姫からしたら予想外の行動だったのだろう。
とりあえず菫が生き返る道筋が見えた。
達成するには前世でのことは掘り起こさない方が賢明だろう。
「でも、あいつらが今度も素直に召喚してくれるかな?村を守りきれちゃったらわたし達用済みだよ?」
「確かに…」
四姫の言うことにも一理あった。
ハザマから何かしらの担保を取っておいた方がいいだろう。
コンコンッ
扉を叩く音がした。
「夜分に失礼します」
ハザマの声だ。
「あぁ、ちょうどよかった。入ってくれ」
「失礼します」
「シヨはどうしたのだ?」
「マルさんに預けてきました」
「マルに?」
「えぇ、どうも個人的な話があるのだとか」
持ち物は全て取り上げ枷もつけてあるとのこと、万が一にも逃げられることはないと思うがマルと二人きりと言うのが気がかりだった。
「個人的な話とはなんだ?」
「さぁ、そこまではわかりません…それよりちょうどよかったとは何のことですか?」
「そのことだが、今一度お前と話をしたいと思っていたところなんだ」
「奇遇ですね、僕も胤ノ助さんに話をしないといけないと思っていたところなんです」
「どっちから話す?」
「胤ノ助さんからどうぞ、僕の話は急ぐことではないので」
「では俺から話をさせてもらう。菫を召喚する件について約束が守られるという担保が欲しい」
「担保ですか…」
「あぁ、このままお前達に協力したとして、菫が召喚される保証がどこにもないからな」
「確かにその通りですね…すいません。今すぐ僕が担保として差し出せるものはありません」
「そうか…」
自分から話を出しといて何だが、何を提示されたら信用するのかなど具体的に決めてはいなかった。
もし、反故にされたら一矢報いてやるかと思っていた程度だ。
「かわりに僕の話を聞いてもらえませんか?召喚魔法についてまだお話していなかったことを説明します。それで一旦信用してもらえませんか?」
「話の内容次第…と言いたいところだがそれだと取引にならないな。それで手を打とう」
「ありがとうございます。では召喚魔法について…これをお伝えすると関係が壊れるのではと思い、今まで話すことができませんでした。
「なんだ?」
「簡潔に言いますと、お二人は僕が召喚魔法を解除したら死にます」
「なっ!!」
あまりに衝撃的な話に声が出ない。
この話が事実なら、そもそもハザマは菫の召喚という俺の願いを聞き入れる必要すらない。
一方的に脅せばいいのだから。
「やっぱり…でもそれだけじゃないよね?」
四姫は気がついていたようだ。
しかも、まだあるらしい。
「えぇ、それと召喚者への攻撃を禁じるように戒めを刻んでます」
「だから、何度やってもあなたを殺せないのね」
どうやら、四姫は何度も殺そうとしていたみたいだ。
ひょっとしたら今もそのように考えているのかもしれない。
言われてみれば初めてスキルを使った時に違和感があった。
ハザマの近くに刀だけが動かなくなることがあった。
てっきり自分が下手くそなだけだと思っていたが、そういうカラクリがあったようだ。
「以上が召喚魔法についてです」
「言われてみると納得できる内容だな…戒めについては雇い主として当たり前だろう」
「…それでは僕の話をしてもいいでしょうか?」
「もう一つ今の話で聞きたいことがある」
「何でしょうか?」
「なぜ初めに召喚魔法を使った?」
話の内容は衝撃的だったがそれと同時に一つの疑問が浮かんだのだ。
自分を召喚したのは分かっている。四姫に命令するためだろう、だが初めに四姫を召喚したのはなぜだ?
言うことを聞かない四姫を召喚しても魔法の無駄使いだろうに…
「それは僕が国をつくりたいと思っているからです」
「国だと!?」
「ええ、話が前後しましたがこの話がしたくて今夜はお邪魔しました。戦乱の世を治め龍華に再び安寧の世を作る。それが僕の本来の目的です」
あまりに壮大な話だ。
ハザマにはなにかあるとは思っていたが、まさか国づくりするつもりだったとは夢にも思わなかった。
「じゃあ、わたしたちは国ができたらお払い箱ってわけだね」
「いえ、僕と一緒に国の統治を手伝ってもらいます。その間、協力していただけている間は召喚魔法を解除しないと確約します」
つまりハザマに協力し続けている限りはこの世界で生きていけるようだ。
「その条件に菫も含まれるのだろうな?」
「もちろん…ただ、召喚できるかどうかは五分五分ぐらいだと思って下さい。死んでからの時間が長いとあちらの輪廻に囚われてしまい召喚できなくなります」
「な!?その期間に期限はあるのか?」
「早ければ、早いだけ確率が上がると思ってください」
「…分かった。ハザマの話を信じよう」
「信じちゃって大丈夫なの?」
「どちらにしろやることは一緒だ。寧ろ雇い主がここまで真摯に話をしてくれたのだ、その心遣いを無下にはできないだろう」
「さっきも聞きましたけどその雇い主とは何ですか?」
「俺とお前の関係についてだ、この表現が一番しっくりくると思ってな」
「別に僕は…お二人とは対等な関係を」
「いや、お前が上で俺達が下だ。違いとすれば解雇されれば死ぬということぐらいだ、精々上手く使ってくれ」
「…分かりました。今はそのようにしましょう」
まだまだ聞きたいことはあったが、その後は夜も遅いということで解散の流れとなった。
エリンはこの話が聞こえたせいで目が覚めたのだろう。
疲れているところに悪いことをしたと思った。
「昨晩は悪かったな、夜遅くまで話し込んでしまっていた」
スキルを解除して、エリンに頭を下げた。
「謝らなくていいよ、胤ノ助達にも事情があったみたいだしな」
昨日の話をどこまで聞かれていたのか確認するかどうか悩みながらも、謝罪は不要とのことだったのでとりあえず頭を上げた。
「な、何で裸なんだ!?」
川の中ではエリンが一糸纏わぬ姿で水浴びをしていた。
想定外の光景に何を話そうとしていたのか忘れてしまった。
「ん?眠気覚ましに水浴びしてるだけだよ」
「女子のくせに恥じらいはないのか!!」
「はじらいぃ?は、は〜ん、さては胤ノ助は女の裸を見たことがないな?いくら見てもいいぞ、減るものでもないしな」
「ば、バカにするな!」
すぐさま顔を逸らした。
だが、瞼にさっきの光景が焼きついて離れない。
昨日から常に外套に身を包んでいたので気が付かなかったが、エリンはかなり豊満な体をしていた。
動揺しているはバレバレだが、苦し紛れに話題を変える。
「それより、昨日の話はどうするのだ?」
「エルフとの話か…そのことだが…」
「先に服を着てくれ」
エリンはまた茶化してきたが、服を着ないと話をしないと言ったら渋々着てくれた。
そして昨日の話についてどう考えているか話を聞いた。
「話は受けるつもりだよ。だけど村にはまだ人手がいる、だから」
「みなまで言うな、俺が行けばいいのだろう?」
「…すまない。また胤ノ助を頼ることになりそうだよ」
「元々俺達は部外者なんだ気にするな。寧ろ村長として懸命な判断だ」
実際、自分がエリンの立場だとしても似たような判断をしただろう。
村の復興は最優先なのだから、それ以外に人員を掛けるわけにはいかないだろう。
「そう言ってくれると助かるよ。方法は問わない、エルフ達と協力して真相を確かめてくれ」
「いいのか?他の種族の者たちとの間に遺恨を残すことになるかも知れないぞ」
「誰が味方で誰が敵か分からないんだ。手段を選んでる場合じゃないだろ?」
「覚悟があるのなら、これ以上は何も言うまい」
実際、デミエルフはもちろんエルフも何か裏がありそうな気がしてならない。
いざという時は2種族もろとも敵対する覚悟が必要だ。
「代わりにことが済んだら、胤ノ介達が話してた国造りに一枚噛ませなよ」
「聞こえていたか…ハザマに伝えておく」
「頼んだよ」
やはり聞こえていたようだ。
エリンも国造りに興味があるのだろうか?
「それでは村の復旧頑張ってくれ」
「あぁ早く元通りにしないとね」
一通りの話が終わった頃には朝日は昇りきっていた。
他の皆が起きる前に二人は村に帰って行くのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます