第七話 来訪者
広間に入ってきた物達は長く尖った耳に彫刻のように整った顔貌をしており、エルフに典型的な容姿をしていた。
「あんたは確か…エルフの…」
「ケール・ヴィルジニテ・エルフと申します。以後お見知り置きを」
ケールと名乗ったエルフはスカートの端を持ち上げ、膝を曲げて体を沈めることで敬意を表してきた。
歳は若く見えるが、実際は自分より遥かに長生きをしている。
可愛らしい顔立ちに、先端にいくにつれて紫色に変化する瑠璃色の髪がよく似合っている。
すらりとした手足をしており痩せすぎてもいない、まさに理想的な体型だと思えた。
簡易な作りの服にはレースがあしらってあるだけだが、完璧な造形物に余計なものは不要なのだということがよくわかる。
「盗み聞きとは感心できないな」
胤ノ助がエルフに食ってかかる。
その声には突然現れた者達への牽制もあるのだろう、あからさまな嫌悪感が込められていた。
確かに見張りなどは立てなかったとはいえ、無断で家に入られるのは気持ちのいいことではなかった。
「そんなつもりはなかったのですけど、耳がいいもので図らずも聞こえてしまいました」
こちらの思いを知ってか知らずか、ケールは物怖じせずに言ってのける。
その姿は図々しいを通り越していて呆れてくる。
まともに相手をしても無駄だと思わせるには十分な衝撃があった。
「勝手に入ってきてその言い分はどうなんだい?」
「あら、扉を叩いた方がよかったかしら?鍵が開いていたので歓迎されているのだと思いましたわ」
「…はぁ、それで今日は何のようでこんなところに?今あんた達を歓迎するほど、この村に余裕はないよ」
「では単刀直入に申しあげます。ここに来たのはあなた方にデミの駆除をお願いしにきましたの。もちろん私(ワタクシ)達もお手伝いいたしますわ」
突拍子もない話に広場の面々は各々の反応をしていた。
胤ノ助は不機嫌を隠そうともしていない、イライラしているのが一目瞭然だ。
四姫は関係ないと思っているのだろう爪を弄っている。
ハザマとマルはことの成り行きを見守るつもりのようだ。
「デミの駆除ねぇ…いま私らはそれどころじゃないんだよ」
「そうかしら?さっきの話を聞く限り、あなた方も無関係な話ではないと思うのだけど」
「なに?」
「デミは人間と結託してこの森の秩序を乱してますわ、早急に排除しなければ手遅れになりかねません」
「結託している人間というのが阿のものであれば、こいつが言っていたことに信憑性がでるわけか」
そう言いながらシヨの方を向く。
シヨは視線に気がついたのか俯いてしまった。
「その話に根拠はあるのか?」
胤ノ介がもっともなことを聞いた。
その言葉には怒気が込められ、意思の弱いものが聞けば卒倒してしまうような凄みがある。
ケールもケールで話の腰を折られたことに苛立っている様子だった。
胤ノ助のことをゴミを見るかのように睨みつけている。
「さっきからあなたは何なんですの、私たちが嘘を言っていると疑っているのかしら?」
「そうだ、寧ろこの状況の村に現れたお前達を疑うのは普通だろう?」
「はぁ、これだから物を知らない人間は嫌いですわ」
「何だと!」
胤ノ助は身を乗り出し、今にも襲い掛かりそうな雰囲気だった。
「胤ノ介その辺にしておきな」
「な、こいつらのこと信じるのか!?」
「エルフは森の声を聞く事が出来るんだよ」
「森が喋るわけないだろう」
「分かってるよ…そんな表情を向けるな、私だって上手く説明出来ないんだよ」
胤ノ助の表情は私の正気を本気で疑われているのだと分かった。
「その方の言ってることは概ね正しいですわ、証拠をいくつかお話ししましょう」
ケールは論より証拠と言わんばかりに話し出した。
「まず、あなたとその隣のお人はこの世界の住人ではないのでしょう?それにあなたはスキル持ちで昼間には戦っている…勝つのは勝ったようだけど詰めが甘かったみたいね」
「…確かにその通りだ」
一部の者しか知らない事実を見事言い当てられ、胤ノ介も納得せざるを得ないようだ。
ケールの方は勝ち誇った表情をしている、性格の悪い女だ。
「あんたらの言う事は信じるよ。でもねえ、今こっちは全の奴らとことを構えてるんだ。
争う相手を増やしている余裕はない。やるなら勝手にしてくれ」
「そんな事を言っていいのかしら?あなたの弟さんが死んだのは奴らのせいだと言うのに」
「!?」
「あなた達が送り出した使者にデミが接触したのを森から聞きました。人間を襲ったのも、誘惑(チャーム)で操られていたのではなくて?」
「ま、待ってくれ、それが本当ならデミエルフが黒幕…」
エルフが伝えてきた話はあまりに衝撃的過ぎた。
思いが掛け巡り、頭が、思考が、心が追いつかない。
「村長、大丈夫ですか?」
動揺していたのがバレバレだったのだろう、マルに心配をさせてしまった。
「あぁ、大丈夫だ。すまないな、頼りない村長で」
「いえ、そんなことは…自分は先代のラオ様より頼りになると思ってます」
「父より頼りになるは話を盛りすぎだ…でも、ありがとう。おかげで落ち着いたよ」
「助けになったのなら何よりです」
マルのおかげで何とか平常心を取り戻すことができた。
「エルフの皆さんデミエルフの駆除と言っていましたが、具体的にどうするおつもりで?
今まで沈黙を保っていたハザマが話を切り出した。
「あなたからお話ししていただけるとは思っても見ませんでしたわ。もちろん言葉通りの意味でして、この森に巣食う害虫の駆除…つまり、追い払うか殺して下さると助かりますわ」
「なぜそのようなことを…和解していたではないですか」
「確かにあなたの仲裁で一時期は仮初の平和を得ていましたわ。でも、所詮は仮初…ご覧の通り奴らは森に戦乱を呼び込み秩序を乱してますわ」
「仮初だとしても、戦う以外の道を探さなくては…同じ種族同士争うのは馬鹿げています」
「私達をあんな混ざり者と一緒にしないで!!!森の声も聞けず、掟も守らずに好き勝手に振る舞う害虫…元々そんな者を容認できるわけがなかったのですわ」
今まで余裕だったケールが感情をあらわにしている。
エルフとデミエルフの仲が悪いとは聞いていたがここまでだとは思っていなかった。
「そこまで嫌いなら、私達を頼らずに自分たちでやればいいだろう?」
「私達には掟がありますわ。忌々しいですが直接手を下すのは禁止されていますの」
「掟ね…それで駆除を手伝うとも言っていたが何をしてくれるんだい?」
「情報提供というところかしら?私達がデミ達の居所や行動を逐次お伝えします。あなた方は指示に従って順次に駆除をお願いしますわ」
言ってることが無茶苦茶だ。
こいつら面倒事は全てこっちに押し付けるつもりで話を進めている。
「自分達は何もせず指示を出すだけで人が動くと思っているのか?」
胤ノ助が気持ちを代弁してくれた。
言わなかったら私が言っていただろう。
「えぇ、すでにあなた方はデミ達のことを許せないのではなくて?だったら答えは出ているようなものではないかしら?」
「ふん、お前達の特技については信用したが、いいように使われるのに不満を感じるのは当たり前だろ?」
「確かにそれもそうですわね…ならこうしましょう。デミ達の駆除が叶ったらあなたの探し物を探してあげますわ。これで少しはやる気が出るのではなくて」
「探し物…神器のことか!」
「察しがよくて嬉しいわ」
「賢しい女だ」
「ふふん、褒め言葉として受け取っておきますわ。それと今度からケールと名前でお呼びなさい」
「考えておく」
これでお互いに手札を出し尽くしたように思われた。
「それではそろそろ返事をいただけるかしら?」
エルフ達の依頼を受けるか否か答えを出せないでいた。
いいように誘導されているのが気がかりなのも確かだが、何より村のことが心配だった。
今、守備に必要な貴重な戦力を村から出していいものか踏ん切りがつかなかった。
「皆さん、今日は夜も更けていますしここは一旦お開きにして明日、改めて答えを出すのはどうでしょう?」
ハザマの提案はとても魅力的に聞こえた。
事態が二転三転している今、答えを出したら確実に後悔するそう思えたのだ。
「そうだな…そうしてくれ、今すぐに答えが出せる気がしないよ」
「俺は異論ない」
「自分もいいと思います」
四姫とシヨは無言だった。
というか四姫は途中から長椅子に横になって寝ていた。
シヨは元々何か言える立場ではないことは分かっているようだ。
「はぁ、仕方ないですわね。でしたら明日改めて返答を聞きに参りますので、それまで宿をお貸しいただけなくて?」
図々しい奴だと思ったが夜の森に放り出すわけにもいかず、部屋を一つ用意するようにマルに伝える。
マルは嫌そうな顔をしながらエルフ一行を引き連れて部屋から出ていった。
シヨはハザマがまだ話があるとかで連れて行かれた。
横槍が入り満足に話を聞き出せなかったのだろう、自分の知りたいことは知れたので好きにさせることにした。
自分も早々に自室に籠ることにした。一日中動いていたので疲労困憊だ。
自室に戻ると服も脱がないで寝床に伏せてしまった。
体から力が抜け、まどろむ間もなく深い眠りについていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます