第六話 平和的話し合い

「うぅ…」


意識が戻りゆっくりと目を開ける。するとそこは薄暗い部屋であった。


「頭が痛い…」


指揮所ではないことは一目瞭然だった。

侵入者に殴られた後頭部は触るとコブになっていた。


「(命があるだけでも運がよかったと思うべきか…そもそも殺す気が無かったの?)」

「おぉ、目覚めたか!」


聞き覚えのある声が聞こえた。さっきの侵入者の声だ。


「よかったよかった。もう目が覚めないかと思っていた。俺の名前は胤ノ助、先程は手荒な真似をしてすまなかった」


胤ノ助と名乗る男に視線を向ける。

相変わらず見たことのない服を着ている。

歳は自分より若いように見える。精悍な顔立ちに漆黒の髪がよく似合っている。

佇まいは無防備に見えて、漂わせている雰囲気は只者ではなかった。


「………。」

「おい、ちゃんと自分ことがわかるか?」

「…いで」

「ん?」

「馬鹿にしないで!」

「話せるではないか、殴られた拍子に記憶喪失になったのかと思ったぞ」


話しているうちに目が慣れてきた。

やはり残念なことに自分のよく知る指揮所ではない。

木製の部屋に蝋燭が一本、どうやら日は完全に落ちたらしく辺りは暗くないる。

よく見れば足には拘束具のようなもの付けられており、逃げ出せないようになっていた。


「敵に話すことは何もない」


精一杯の強がりをした。これからされることは想像に難くない。


「そう言わず大人しく協力してくれる方が助かるのだがな…女を痛めつけるのは心苦しい」


やはり想像通り、従わねば拷問される運命のようだ。


「な、何をするつもりなの」

「それはまず指を一本ずつ潰していきそこから…」


話を聞くだけで背筋が凍りついた。

元々、その手の痛いことや怖いことは苦手なのだ。


「嘘、嘘!何でもするから痛いことはしないで!」

「本当か?」


首を全力で上下に振り本当であることを表現する。

胤ノ助は胸を撫で下ろしていた。

演技ではなく心から安堵しているように見える。


「では、早速だがついてきてくれ…えーなんと呼べばいい?」

「私のことは…シヨと呼んで下さい」


本名を名乗るか躊躇ってしまったが、嘘がバレると本当に拷問されると思い本名を名乗ることにした。

痛怖い話を聞いたせいで、すでに抵抗する気力は失せていた。

名乗りを終えた後は拘束具を取られ部屋を移動した。


移動と言っても2階から1階の短い距離だった。

階段を降りると他の部屋に比べて少し大きな扉の前に連れて行かれた。

そこにはハザマとかいう金髪の美少年がいた。


「ハザマ連れてきたぞ」

「どうも初めましてハザマと言います」

「こ、こちらこそシヨと申します」


この場に似つかわしくない子供の姿に違和感を覚えたが、見た目と違い礼儀正しい物言いにこちらもつい返事をしてしまった。

ハザマがこちらを見つめてくる。


「…はい、間違いないようです」

「そうか、では広間に入ろう」


胤ノ助が扉を開け中に案内される。

部屋にはすでに何人か座っていた。

入ってすぐ左に胤ノ助と同じ髪色の女の子が一人、そして上座の席に強面の女が一人座りその横に男が立っている。

おそらくのこの二人は亜人で間違いない。

案内されるがまま、上座の正面の席に座らされた。

続いてさっき話をしたハザマが右に胤ノ助は左の女の子の隣に座る。


「それでは面子も揃ったようだし平和的話し合いとやらを始めようか」


強面の女が話を切り出し、話し合いという名の自分への尋問が始まったのであった。



ビョウ村 エリン宅 広間


上座に座るエリンは広間にいる面子を確認する。

隣のマルはどうでもいいとして、まずは左手に座っているハザマだ。

いつも通り何を考えているのか分からない表情で席についている。

少しだけ、今までと雰囲気が違うような気がする。


そして右手には胤ノ助に四姫、両名とも色々あったが村のために戦ってくれた勇敢な戦士だ。

四姫についてはまだ何を考えているか分からなかったが、胤ノ助は信頼を寄せている。

その胤ノ助が四姫について責任を持つと言っていたのだ、信用するしかない…というか本気で四姫が敵対するようであれば誰も太刀打ちできないだろう。

ハザマを除き…


最後に正面に座る女…憎き全の将だ。


「正直なところ、今すぐ恨みを晴らして始末したいんだがな」

「は、話が違う」

「エリンさん余計な事を言わないで下さい。安心してください。このまま正直に話をしてくれれば命は保証します」


怯えきっているこの女が全の将など、いまだに信じられない。


レンファとの戦闘が終わり、日もほとんど落ちた頃追撃に出た者達が人間の女を連れ帰ってきた時は驚いたものだ。

しかもその女が全の将だというから二度驚いた。


追撃組からことの経緯を説明され、なぜそんな回りくどい作戦を取ったのかと問い詰めたのを覚えている。

胤ノ助曰く、雇い主との折衷案とのことだったが、残党をわざと逃したり拠点を破壊するのではなく撹乱に留めたりと、敵に忖度しているようで腹立たしかった。


マルに説得されてなければ、現状の話し合いにすら納得していなかっただろう。


「あーなら改めて、貴様が知っている事を全て話せ」

「す、全て?」

「エリンさん、それだと抽象的すぎて答えようが」

「なら、お前がやれ!私はこういうのは分からん」


早々に横槍を入れられやる気を削がれた。面倒くさいのでハザマに質問役を押し付けた。


「確かに村長には向いてないですかねぇ」

「そうなのか?」

「ですです、普段はもっぱら狩りや子供の遊び相手ばっかりやって、雑務やら近隣の村との会合なんかは自分達がやってますから」

「ハハハ!見た目通りの性格だな!」


マルと胤ノ助が何やら自分の話で盛り上がっている。

バカにされているようで腹が立った。


「なんか文句があるか!?」

「いやいや、褒めてるんだぞ?」

「ふん」


口では調子のいい事を言っているが笑いが隠れていない。

全くふざけた奴らだ。


「はぁ、なら改めて僕から聞きます。あなたあの場で何をしていたのですか?」

「軍師殿より指令を受けて、少数の部隊で先行して本隊到着までに拠点を作ってました」

「軍師というのは?」

「軍師殿の名前はミメイ、東伐軍統括者でこの東伐の立案者…」


ミメイその名前が出た瞬間広間の空気が凍りついた。


「みめい?誰だそいつは?」


胤ノ助はそのことに気がつけていないようだ。


「龍華一の天才軍師、一番有名なのは阿の軍勢100万に対して、たった5万の軍勢で勝利に導いた、龍降河(りゅうこうか)の戦い。他にも中州撤退戦や全の建国についても深く関わっていると噂で聞いてます」


マルがすかさず胤ノ助に補足を入れている。

そのフォローの早さに、普段から村長補佐として鍛えていた(仕事を押し付けていた)のが功を成したなと思い、マルのことを心の中で“流石だ“と褒めていた。


「“あ“?また知らない名前だな…いや、すまない。話を続けてくれ」


胤ノ助にとっては知らないことばかりだろうから仕方ない。

マルがまた説明しているようだし大丈夫だろう。


「軍師ミメイの目的は何ですか?」

「…知らないの」

「何だって?」


口を出すつもりはなかったのだが、ついつい声が出てしまった。


「エリンさん」

「だって、知らないなんておかしいだろう!」

「うぅ、ほんとだし…仕方ないじゃん、聞いても自分で考えろって…教えてくれないんだもん」


さらに怯えさせてしまったようだが知ったことか。

知らないこいつが悪いんだ、私は悪くない!


「あなたが考えた理由でいいので教えてください」

「資源の確保と森の情勢の調査…資源は船を作るのに材木が大量にいるから、それと阿とこの森の勢力が同盟を結んだって噂があったからその調査もかねていると思う」


一応話の筋は通っているように思える。

ただ一点を大きな疑問が生まれた…


「調査というならなぜこの村を襲った!」


ハザマに任せたつもりが話された内容に納得ができずについ話をしてしまう。


「そ、それはあなた方が先に我が軍に攻撃を仕掛けてきたんじゃないですか!そのせいで威力偵察なんて任務も命じられて…」

「何を言っている使者を殺したのはお前達だろ!」

「使者じゃなくて刺客の間違いでしょ?その方たちを迎え入れたばっかりに軍師殿は命が危険に晒されたんだから」


話が全く噛み合わない、仲裁が入らなければ机を飛び越してシヨの胸ぐらを掴み、殴り倒してでも無理矢理こっちの主張を通していただろう。


とりあえず相手の主張を信じるのなら、使者だと名乗るウェアキャットを迎え入れはしたが、ミメイの陣幕まで案内したところ、いきなり襲いかかって来たらしい。

その襲撃は同じ陣幕内にいた武将に阻止され、そのまま処刑したそうだ。


もちろんこちらから出した使者にそのような指示は出していなかった。

こちらに戦闘の意志はなく、最悪村民の命が助かるのなら服従もやむなし、そう考えていることを伝えるようにと言いつけていた。


「断じてそんな指示は出していない…まさか偽物か?」


使者の行動が本当なら誰か他のものが成りすましていたとしか思えない。


「お前たちが殺した使者の容姿を教えてくれ」

「わ、わたしもしっかり見たわけじゃないから…確かあなたと同じ赤い髪の男だったはず…あ、そういえば片耳がなかったような気が」


最後の情報を聞いて自分たちが送り出した使者で間違いないと確信した。


「そうか、その特徴なら本物で間違いないみたいだね」


その時、本当に死んだのだなと実感が湧いてきて瞳に涙が溜まる。

それがこぼれ落ちるのを見られたくなくて、下を向いてやり過ごした。

しばしの静寂があった。


「こちらが聞ける立場じゃないことは承知しているんですが一つだけ質問させて下さい。レンファはどうなったんですか?」

「レンファなら死んだ」


胤ノ助の返答を聞いたシヨは顔をくしゃくしゃにして俯いてしまった。

広間には静かに涙を流す二人の姿があった。


長い沈黙を破ったのは胤ノ助だった。


「やるべきことがはっきりしたな」


皆の視線が胤ノ助へ向けられる。


「真実を確かめるしかあるまい?そうしなければ、何が正しくて何が悪なのか決まらない」

「具体的に何をすればいい?」

「まずは阿の介入があったかどうかを確かめる。そのためには森の勢力について知る必要がある」

「森の勢力か…」


神樹の森の勢力は大きく分けて四つ、一つは自分たちウェアキャット残りはウェアウルフ、エルフ、デミエルフの三つだ。


エルフはとにかく長生きで人間の何十倍も生き、その間老いる事もない。

高潔な者が多く、独善的な考えのものが多く阿と組んでいることは考え辛い。


デミエルフはエルフと近しい種族だが、違う種族の血が混じっているものを総じてデミエルフと言う。

閉鎖的で他の種族と関わることを基本的にしない。情勢が読めない故に阿と組んでいる可能性もある。


最後にウェアウルフ、比較的最近森に住み着いたもの達で元々は北の山岳地帯を住処にしていた。人間達から住処を追いやられ山岳地帯から逃げてきたのだ。

森に来た当初はよく他種族と揉め事を起こしていた。人間を恨んでいるので組んでいるとは思えない。


「やはりデミエルフが一番怪しいか?」

「いや、まずはエルフのところに赴こう。森の事情は全て把握しているはずだよ」


「その必要はありませんわ」


突如として知らない声が響き渡り広間の扉が開いた。

そして見慣れぬ女性が従者を引き連れ入ってきたのであった。

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