第五話 追撃

残党追撃のため、胤ノ助は四姫の指し示した方向に移動していた。

先頭はマル、その後ろに胤ノ助に四姫、最後尾にハザマが着いてきていた。


マルは猫のように四足歩行となり木々の間を起用に避けながら進んでいる。

木々を避けて進むのは中々どうして難しかった。

身体能力が上がってなければ直ぐに引き離されていたと思う。


村を出てすぐに敵の残した足跡などの痕跡を見つけた。

追っていくと、途中から人の足跡から蹄の足跡に変わっていた。


「ここで馬に乗り移ったのか?」


この辺は村の周辺に比べて木々が大きく、間隔もかなり開いていた。

馬も問題なく走れるだろう。


「足跡はさらに西へ向かっているな」

「この先は大森林です。木々の間が広がるので馬で逃げるにはもってこいかもしれません」

「それか敵の拠点があるのかもな」


一行は更に西へ向かうことにした。


「その荷物は何に使うのですか?」

「あぁ、これか?」


ハザマが胤ノ介の持ち物について聞いてきた

胤ノ助は村で用意した大きな麻袋を携えていた。

動く度にガチャガチャと金属音を立てている。


「敵を見つけた時に使うのだ。中身は知っておろう?」

「えぇ、まぁ」


聞いてきたくせに反応が薄い。

移動に手間取っていたのもこの荷物のせいもあった。

木々の間隔が狭いと袋が引っかかるので、広くなった今はその心配も少なくて済む。


「お二方、お話の途中ですが敵を発見しました」


マルが指差す方を見ると敵と思われる者たちが馬に跨り、一列で走っていた。


「あれが残党だな」


先ほど戦ったレンファの部隊と同じ装備をしていた。

どうやら四姫の話は本当だったみたいだ。


気が付かれないように距離をあけて尾行する旨を他の者に伝える。


「どうするつもりで?」

「こいつを使う」


ガチャと音を立てながら麻袋を持ち上げる。


「なんですかこれは?」

「変装するための鎧だ。拠点を見つけたらこいつを使って潜入し指揮官を抑える」

「おぉ!それは名案ですな。でもそれだと今の尾行は何のために?捕らえて拠点の場所を聞き出した方が手っ取り早い気がしますが…」

「それをしたいのは山々なのだがな…盟約の内容を考えるとハザマがそれを許さんだろう」

「ま、まさか、あんなものを守るおつもりで?」

「そうだ」


マルの言葉を聞いたハザマが怪訝な表情を浮かべている。

マルの言う通り、ほんとは今すぐにでも残党を討ちたいと思っていた。


どうもハザマは人死を毛嫌いする節が見受けられる。

難易度は上がるがこの潜入作戦なら盟約と関係ないし文句もないだろう。


しばらく尾行しているとマル言っていた大森林地帯に入ったのだろう。

一本一本が馬鹿みたいに太い木々が立ち並び始めた。

何の木かわからぬが大自然の雄大な景色に感嘆した。


大森林は道も開けているせいか残党の移動速度が上がる。

こちらも見失わないように尾行を続けた。


大森林に入って半刻程度経ったあたりで残党が突如止まったと思ったら各馬を降りだした。

よく見ると簡易な柵が道を遮っているようだ。


「皆さん拠点らしきものが見えました」

「あぁそうだな…」


道の先を見ると木が何本か切り倒され開けた空間になっていた。

そこで簡易な陣地が構築され、何やら作業をしているようだった。


胤ノ助達は最寄りの背の高い木に登り、陣地全体を見下ろせる場所に着いた。


「本隊…にしては言われていた数より少ないな。1000人程度か?」


本隊は5000人と言っていたのに対して見つけた拠点は規模が小さかった。


「はい、そのようです。本体はもっと大きい部隊のはず…先遣隊でしょう」

「本隊は本当に5000人なのだろうな?先遣隊がこの規模なら本隊はもっといるぞ」

「…すいません、僕の見積もりが甘かったかもしれません」


ハザマの謝罪を受け、敵の認識を改める必要があった。


「どのみち情報を集めないとな…皆に作戦の内容を伝える。作戦は大きく分けて二手に分かれて行う事になる。一組み四姫とハザマ二人はは指揮官の捕縛、もう一組は俺とマルは敵陣の撹乱・揺動をする」


「ええ、その持ち回りなら」

「絶対成功させてやりましょう!」

「こいつと二人は嫌」


四姫にだけ反対される。


「…分かった。何もしないでいいからここに居てくれ」

「それも嫌、私は胤についてくの」

「無理だ。お前にこの鎧は着れないだろ?」


ガシャ、持っていた麻袋の中身をだす。


「うぇ、まさかこれ着ないといけないんすか?」

「そうだ、鎧の大きさ的に俺とマル、お主しか着ることができん」


マルが嫌悪感を抱いたのは鎧が血塗れだったせいだろう。

極力状態のいい鎧を選んだが、血糊を綺麗にしている時間はなかった。


「いやいやいや!」


四姫は子供のように駄々をこねる。


「はぁ、いやだなぁ(小声)…僕が胤ノ介さんと変わります」


どうしたものかと頭を抱えているとハザマが交代を申し出てきた。


「いいのか、鎧の事を嫌がっていただろ?それに大きさも…」

「背に腹は変えられませんから」


マルとハザマに鎧を着せる、二人分は時間が掛かった。

四姫の奴は手伝いもせず見てるだけだった。


マルは普通に着こなせている。寧ろ少し小さいぐらいだ。

耳は兜でどうにでもなったが、尻尾を隠すのに手間取った。

最終的にズボンに無理やり詰め込んだのだが、ものすごく文句を言われた。


そして問題はハザマの方だが、子供が遊びで着込んでいるようにしか見えない。

鎧の何もかもがハザマにとって大きすぎるのだ。


「やはり無理があるな…」

「大丈夫です。うんと…こんなもんかな?」


ハザマが自分の体を見回したと思ったら、魔力が放出された。

するとハザマの体がみるみると成長し、不格好だった鎧姿も様になっていた。


「それも魔法なのか?」

「え、えぇ、そのようなものです」

「へぇ、魔法って便利なもんですね」


この不思議な光景にも慣れてくるのだろうか?

マルも不思議がっていたので、もしかしたらこの世界でも普及はしていないのかもしれない。


だが、これで問題なく作戦が決行できる。

若干日が暮れ始めていた。

森の中は暗くなるのが早く、敵拠点ではすでに明かりを灯しているところもあった。

闇に乗じて各々行動を開始したのであった。



神樹の森 西方面 大森林地帯

全(ゼン)軍 先遣隊陣地内 指揮所


「シヨ様、これはどのようにいたしましょう?」

「その荷物は全てそこに、後柵の設置と明かりの設置は急いで!森の夜が来るのは早いわよ」


指揮所内でシヨと呼ばれた女性がテキパキと指示を出している。

見た目は20代前半程度、栗色の髪は動くのを邪魔しないように短く切り揃えられていた。

絹で出来た上衣は腕から先は生地がなく肌が露出されている。下衣は長丈で足首まで隠れている。

全体的に刺繍で装飾されたそれらの衣服を着ている姿は、周りの者が鎧を着ているものあり異彩を放っていた。


「はぁ疲れた…ほんと信じらんない!レンファのおっさん帰ってきたら許さないんだから」


指揮所に誰もいないのをいいことに盛大に愚痴を言う。

ここにはいない、先遣隊として派遣されたもう一人の将であるレンファに恨み節を言いながら、言い渡された指令について思い返す。


「レンファ、シヨ両名は先行して森に侵入して頂戴。大森林地帯に拠点を構え、神樹の森侵攻の足掛かりを作るのが仕事よ」


そのほか色々言われたけど、拠点作りは本隊が到着する前に終わらせておく必要があった。

だが、到着早々に騎馬隊を連れてレンファは威力偵察に向かってしまった。

レンファ曰く


「敵の奇襲に怯えながら拠点作りするのは兵達にも負担が掛かる。我が先んじて脅威を取り除いてしんぜよう」


とのことだった。

聞こえはいいのが、ようは面倒事を押し付けて逃げたのだ。


「でも敵の動向も気になるし、先手を取るのは悪くない…結果的によかったのかな」


レンファとはまだ短い付き合いだったが、悪い人ではないと気がついていた。

寧ろ、英雄のチョウシ様と互角の腕前と聞いていたので、もっとゴリゴリの武人だと思っていた。

話をしてみると、お調子者で面倒くさがりのおっさんだった。

強面の顔に似合わず親しみやすく、話も上手なのでついつい色々話してしまった。

今ではその能力含めて信頼をしていた。


そもそもレンファの性格を考えてみれば拠点作りを強要したところで役には立たなかっただろう。

人選の時点で軍師殿もこうなることを予測していたはずだ。


「こうなることは軍師殿は想定済み…そうと分かれば、うちにできることをやろう!」


自分のやるべきことが明確になりより一層励もう、そう思った矢先の出来事だった。


「そこの者止まれ!」

「と、通してくれ、急ぎのことなんだ!!!」


天幕の外が何やら騒がしい。

すると一人の部下が入り口から入ってきた。


「失礼します。レンファ様の部隊の者が火急の知らせあると申しておりますが如何しましょう?」

「おっさ…レンファ殿の?…はぁ、仕方ない通してあげて」

(これでどうでもいいことだったら、チョウシ様にでも言いつけてやる!)


楽観的に考えていたシヨとは裏腹に、部下が連れてきた者は額に汗をかき肩で息をしていた。

見るからただ事ではないことがわかった。


「はぁはぁ…シ、シヨ様にお伝えします。レ、レンファ様が討たれました」

「はぁ!?」


吉報を予測していたシヨにとって、その知らせは寝耳に水だった。


「嘘!信じられない!あの人が亜人になんて負けるわけない!」

「じ、事実です。撤退時に霧のようなものが見えました。レンファ様から霧が見えたら一目散に撤退し、自分の事は死んだと思えと仰せつかってました」

「霧…?あっ!!」


懐より文字のようなものが描かれた札を何枚か取り出す。

霧という言葉に思い当たることがあった。


「何よこれいつの間にすり替えたの?…全然お守りになってなじゃない」


取り出した札の中に一枚だけ文字が書かれているものがあった。

札には短くこう書いてあった。


『一体頂戴いたす』


「シヨ様?」

「は!なんでもない、あなたの言い振りだと遺体は見てないの?」

「は、はい」

「そう…詳しく状況が知りたいから初めから経緯を報告して」

「わ、わかりました」


レンファの部下から報告を聞く、内容は俄に信じられないものだった。

村の位置は予め把握できていたので、近くまで馬で移動し状況を見てレンファが作戦を立案したらしい。


作戦の内容は当初は騎馬隊で突入してそのまま制圧の予定だったが、馬防柵で村が囲われていたので作戦を変更し、部隊を囮と伏兵に分けてからの奇襲攻撃を実行したらしい。


彼は囮部隊とは反対側の警備が薄そうな地点に回り込み合図を待っていたのだと言う。

囮部隊の攻撃が始まり村の様子が慌ただしくなり、そろそろ出番かと思ったその矢先に異変は起こった。

どこからともなく現れた敵に部隊の兵たちが次々とやられていった。


しかも驚くことに敵は一人の人間の女だったという。

もちろん応戦したそうだが手も足も出ず、こちらの攻撃は全て躱され返す手刀は鎧ごと人体を貫通し一人また一人と命を落としていった。

その異常な光景を目の当たりにした伏兵部隊はたちまちに瓦解し敗走を始めたそうだ。


敵の追撃は止まらず全滅かと思った時に村の方から、先ほど報告のあった霧が発生したとのことだった。

おそらくその霧は私から盗んだ、水陣瀑布の魔札によるものだろう。

霧を見た敵は一足飛びで村に戻っていったそうだ。


「そしてその隙に逃げ帰ったと…」

「そ、そうです」


自分達を率いてる武将より先に逃げるとは何事だと思ったが、状況を考えるに仕方ないことだと自分に言い聞かせることで怒りを鎮める。


「…報告ご苦労だった。下がっていい」

「は!」


外で見張りについていた部下に天幕に誰も入れるなと指示を出し、一人思考を巡らし状況を整理する。


(亜人に味方している人間がいる。しかもレンファより強いなんて…これが事実だとしたら、すぐにでも撤退しなければ全滅もあり得る。

 でもどうやって、未知の神器?だが報告は素手だったと言っていた。レンファと戦ったものが神器使いだとしても、一人は到達しているに違いない。でないとこんなデタラメなこと信じられない)


「撤退の準備を進めつつ軍師どのに伝令を飛ばすのがいいかな…」


日中ずっと作業をしていたので体には疲労が溜まっていたが、休んでいたら手遅れになると思い行動に移ろうとした時だった。


「夕暮れ時に失礼する」

「だ、誰だ!」

「お前がここを束ねている将か?女じゃないか」


入り口の方を振り返ると見たことのない服を着た男が立っていた。

見張りは何をしていると思ったが、この男を素通しする訳はないので、何か異常があったのだろうと心の中で結論付けた。


「い、いかにも」

「ふむ、この世界では珍しくないのかもしれんな…まぁいい、お前には一緒に来てもらう」


顎に手を当て考え事をしていたと思ったら、意味の分からないことを言ってきた。


「はいはいと従うと思うか?」


状況から考えて敵なのは間違いなかった。話を引き伸ばし隙を伺い武器に近づこうと動いたその瞬間だった。

後頭部に凄まじい衝撃を受けた。

そのまま床に倒れ込み薄れゆく意識の中で後方にも侵入者がいた事を知った。


「まさか…」


シヨは最後に自分を攻撃した者の顔を見た後、意識は途絶えた。

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