第四話 一騎討ちの行方

「ゆくぞ!」


先に動いたのはレンファのほうだ。

作戦は単純明快、前進あるのみであった。

槍の間合いに入り次第、必殺の一撃をくらわせる!

それで終わると思っていた。


「我のことを軽んじるだけではなく、亜人側に組みする人間がおるなど…決して許しておけぬ!」


燃えるような怒りに身を任せ全速力で前進する。

行動は直情的だったが頭の中は冷静だった。


(お互いの距離は10丈程度、武器を携えている様子もない…

あの見慣れぬ服の中に何か武器を隠し持っているかも知れぬが、槍の間合いの方が広いのは確実、警戒する物は飛び道具ぐらいか)


雑な戦い方に見えるが、レンファは状況は的確に分析をしていた。


(願わくば星付きと死合いたかった…いや、こいつとは特に盟約は結んでおらん。殺してから改めてさっきの続きをすれば良いか)


レンファは不敵な笑みを浮かべ、すでに勝ちを確信していた。

頭の中では次の戦いに思いを馳せていた。


距離を半分程度詰めた辺りだろか、敵に動きがあった。

右手をこちらに向け、強大な魔力が放出される。


予想外に大きな魔力の放出を目の当たりにし、敵が只者ではないことを感じ取った。


(魔法?いや陣がないスキルなのか!)


気がつけば2本の刀が敵の周囲に浮かんでいた。


「スキル保持者か!ならば先ほどの不遜な態度も得心がいく」


見たことのないスキルだったが、当初の作戦を変更はしなかった。


(何をしてくるかわからぬがいざとなれば『奥の手』を使うまで)


スキル保持者と分かったことで、目の前の戦いに集中しなければならない。

その顔からはさっきまでの不敵な笑みは消えていた。


間合いを詰めようと歩を進めると、2本の刀が急所に目がけて飛んできた。


敵の最初の攻撃は飛び道具。

豊富な戦闘経験をもつレンファの予測は、敵のとる戦法を正確に読み当てていた。


レンファはその攻撃を前進の動作と同時に重心を軽くずらし紙一重で避ける。


「当たらないか」


前進を止める事ができなかった敵は動揺しているように見えた。


そのまま進み、槍が届くまであと数歩と差し掛かった時だった。


敵から再び魔力の放出があった。


すると再び刀が敵の周りに現れた。

数にして100は超えていようか、敵を中心にグルグルと回転している。

瞬きする間もなく刀の回転する速度が上がり、そしてまたしても刀を飛ばしてきた。


「数を増やしてもやる事が同じでは芸がないぞ!」


避ける事など造作もないそう思ったが、さっきとは違う事があった。

それは手数だ。

攻撃はさっきほど早くはないが、回転している刀の先がこちらに向くと直ちに発射される。

連射される刀を全て避けることは不可能だった。


「ぬおぉぉぉお」


しかも最初の投射とは違い軌道がデタラメなので先が読めない。

身のこなしだけでは避けようがなかった。

前進をやめ飛んでくる刀に対処するしかなかった。


弾く、弾く、砕く、弾く


槍を使い飛んでくる刀を防ぐ、幸いにも2本ずつしか飛んでこないので、捌くのは問題なかった。


「ぬぅ、キリがないのぉ…仕方ない」


レンファは直進を諦め、横方向へ移動する。

狙いが動いたことで一瞬刀の雨がとぎれた。


その隙をついて、両手で扱っていた槍を右手のみに持ち替え槍投げの構えを取る。

無理に移動した結果、投射された刀で何箇所か切り傷をおっていたが気にしない。


(所詮狙いはデタラメ、急所に当たらなければどうということはない!)


「くらえ!雷」


ドッ!ザス!


村の門をも破壊した雷の力を宿した破壊の一撃、決まれば胤ノ助もろとも後ろの家屋や亜人達を葬る威力があった。


だがその攻撃が放たれることは叶わなかった。

どこからか現れた2本の刀が死角より、右足と右腕に深々と突き刺さったのだ。


「なっ」


練り上げた魔力を槍に巡らす事ができずに不発に終わる。

踏ん張ろうとするが膝から崩れ落ちるレンファ、何をされたか理解できなかった。


「一体どこからこんなものがッッ」


体に刺さった刀がものすごい勢いで地面に突き刺さり、身動きを封じられ地面に磔にされた。


「お前の負けだ」


「「「ーーーうぉぉぉお、勝ったあぁ!」」」


一瞬の静寂のあと広場は歓喜に包まれた。

こうして一騎討ちは終わりを告げたのだった。



【一騎討ち直後の歓声に包まれる広場】


「なんとか勝てた」


胤ノ助は初めての真剣勝負を終え安堵していた。

大量にスキルを使用したせいか、疲労感がドッと押し寄せてきてその場に腰を下ろしてしまう。


「お前…いや胤ノ助、村のために戦ってくれたことに感謝している」


エリンに初めて名前を呼ばれた。

こちらに近寄ってきて手を差し伸べられる。


「それにしてもすごいスキルだったんだね、さっきの練習は手を抜いていたのかい?」

「え、いや…」


自分でも正直どうしてこんなにもスキルが強力になっているのかわからなかった。

別にハザマに教えられた時に手を抜いていたわけじゃない、恐らくは四姫のせいだ。


身体能力の向上といい、まだまだ分からない事でいっぱいだ。


「主らこれで勝ったつもりか!!」


レンファが地面に顔を擦り付けながら吠える。

命を残しているのでスキルはまだ解除していない、身動きを封じる目的で地面に刺さった刀を固定していた。


「この者の扱いはどうする?」

「捕虜としましょう」


ハザマがどこからともかく現れた。


「戦中しかも敵将だろう、一思いに殺した方がいいのではないか?」

「そうかもしれませんが…捕虜とすれば交渉の材料になります」

「「………」」


二人の間に沈黙が流れる。


「フハハハハハ、誠に舐められたものよ!命が残っている限り勝敗は決してない!」


この状況でまだ高笑いする気力があることに感嘆する。

誠の武人なのだろう。


「ハザマこう言っている。武士の情けだ首を落とすぞ」

「ま、待って」


ハザマの制止を無視して、スキルを発動し新たに刀を発現させようとしたその時だった。


「まさかこれを使うことになるとは…シヨ殿よりくすねておいて正解だったわ!」


レンファは懐から出した札のようなものに魔力を流した。

すると札から霧が発生し、胤ノ介含め周囲を瞬く間に覆い隠す。


「ど、毒か?」


今まで嗅いだことのない酷い匂いに鼻を摘む。

本能が危険だと訴えかけてくる。


エリンとハザマはすでにこの場を離れたようだ。

自分も退避するべきなのだろうが、止めを刺していないことが気掛かりで動く事ができない。


発現させていた刀が目視できなくなって初めて気がついた。どうやら視界に入らないとスキルの操作が上手くいかないようだ。

水面の月のようにすり抜けてしまい手に取る事が出来ない、そんな感覚だった。

確実に止めを刺すには直接切りに行くしかなかった。


「我が命もここまで…チョウシ殿!全(ゼン)を!下州を!頼みましたぞ!!」


退くべきか行くべきか迷って動けないでいる間に、霧の中からレンファの声が聞こえた。

何かしてくると思い身構えたその時だった。


ヒュュュン、ボゴォォォオ


空より高速で何かが飛来し、地面に激突する音がした。


「な、何が起こったのだ!」


激突音と共に霧が晴れる。

視界が回復しその光景に唖然とした。

そこには返り血に染まった四姫と首をへし折られ息絶えているレンファの亡骸があった。


「油断したね、ちゃんと止めは刺さなきゃ」


何の気なしに言ってのける四姫、状況から察するに飛来してきたのは四姫なのだろう。


「言われなくともやっていた。それより何をしていた?その返り血、今付いたものではないだろう?」

「う〜ん、露払い?」


人差し指を顎に当てて考える仕草をしながら意味のわからないことを言っている。


「殺したのですか?」


ハザマの沈んだ声がする。どうやら霧のせいでわからなかったがそこまで遠くには行っていなかったようだ。


「殺したのは四姫だがな…」

「一人も救えなかった」

「お前の考えはついぞわからんな、敵に情けを掛けられるほどこちらに余裕はないだろうに」


戦場になった村は半壊、村民もだいぶ疲弊しているように見受けられる。


「それは…」

「まぁいい、それよりこいつの持っていた武器は神器ではないのか?」

「違います。これは魔練武器といい神器とは全く別のものです」

「くそ、そう簡単には見つからんか」


そうこうしている内にエリンが合流してきた。

やたら上機嫌なのは戦に勝ったからだろう、出会った時とはまるで態度が違う…現金な女だ。

全身ボロボロの姿をしているが村長として前線で戦う姿は見事だった。


「そういえばあんた強かったな。俺の助けなど本当はいらななかったのではないか?」

「とりあえずあんたはやめて名前で呼んでくれないか?雑兵ならいくらでも相手できたがレンファは私じゃ勝てなかったよ」

「ならばこれからはエリンと呼ぼう…勝てないと思った相手に挑んだのか?」

「あぁそうだ。村長の私が逃げるわけにはいかなかった」

「武士だな」

「はぁ?」

「いや、気にしないでくれ」


別の世界に来て、まさか古の武士のような高潔な精神を持ち合わせたものに出会うとは思わずつい感嘆の言葉が出てしまった。


「まだ終わってないよ。10人ぐらい取り逃しちゃったから」


四姫が突然そう言い放った。


「取り逃した?何のことだ」

「こことは別に村の周りに部隊がいたの、胤を助けに来ちゃったから全部討てなかった…10人ぐらい向こうに逃げちゃった」


そう言うと壊れた門の方角を指し示した。


「…その話本当か?」

「私は胤ノ助には嘘をつかないよ」

「白々しい…嘘は吐かずとも、騙しはするのだろう?」

「…」


言い淀む四姫、あたりに重たい空気が流れた。


(仮にこいつの言っていることが本当なら返り血がついている理由も納得できる。今すぐにでも動いた方が…)


「…クソ、どっちにしろ一度本体がどの程度まで近づいているか確認しなけらばならないか」

「そいつの言うことを信じて西に向かうのか?」

「あぁ、襲撃してきた方角、部隊の数や装備を考えてもこいつらは斥候だろう。本体の部隊が必ずいる」


話を聞いたエリンは腕を組み考え込んでいるようだ。


「分かった。なら案内にマルを付いていかせよう、きっと役に立つはずだ」


そう言うとエリンは復旧作業をしている者たちの方へ歩いていく。


「追いかけるの?私もいく!」


四姫と一緒に行動したくないが止める手段がないので諦めるしかない。


「もし残党がいたらどうするんですか?」


ハザマが問いかけてくる。


「もちろん討つ、多少は本体が来るまでの時間が稼げるはずだ」

「駄目ですよ!さっきの盟約を忘れたんですか!?」

「あの盟約をしたのはエリンであろう」

「でもその一騎討ちを引き継いだのは胤ノ助さんです!盟約を守る義務があります」

「…分かった」


これ以上話をしても平行線を辿るだけだと思い引き下がることにした。

しばらくするとエリンが戻ってきた。


「待たせたね、こいつがマル…ってさっきあったね。この森のことは一番詳しい男だ」

「どうも、マルと言います」


マルと呼ばれた男がお辞儀をしてきた。

さっきは慌ただしくて良くみていなかったが、笑顔がよく似合う好青年だ。

年齢は自分と同じぐらいかちょっとした下ぐらいだろう。


「あぁ、俺は胤ノ助。悪いが早急に発ちたいのだが」

「ええ、では直ちに」


手早く支度を済ましマル、胤ノ助、四姫、ハザマの四人は村を出発した。

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