第二話 戦いの音

「あんた達、村の入り口が見えたよ」


召喚された時の薄暗い森中とは打って変わって、この辺は木洩れ陽が差し込み新緑が眩しい場所だった。

一本一本の木々が太く大きくなり、間隔も適度に空いているのは人が手入れをしている証拠だ。

それから少し歩くと、木々隙間から村の入り口であろう門が見えてきた。

村というから小さな集落と思っていたが想像の3倍は大きい。

敷地の周囲を粗雑だがしっかりとした柵が張り巡らされ、四方の櫓には見張りが立っている。


「来た来た…わたしの胤」

「上から声?」


丁度、村の入り口の門を通り抜けようとした時、どこかで聞いたことのある声がした。

すると門の上から、一人の女が飛び降りてくる。

二階建て家屋ぐらいの高さはあるというのに、体勢一つ崩さず見事に着地してみせた。


「ねぇ、今の見た?すごいでしょ!」

「お、お前は!?」


飛び降りてきた女を自分は知っていた。

着物姿で尚も華奢に見える体は、見たものにすらりとした印象を与えるだろう。

漆黒で濡れたように艶のある髪に、薄紅に染まった瞳、透き通るような白い肌、忘れるわけもない。

この女は自分が前の世界で殺したのだから。


「四姫!」

「んふふ、初めて呼び捨てされたかも」


四季は着地で乱れた黒髪を手櫛で整えていたが、名前を呼んだ途端に子供のような笑みを浮かべた。

その仕草は可憐に見えるが、自分にはただただ邪悪な鬼が擬態しているようにしか見えない。


「なんで、死んだだろうが」

「同じだよ。後ろのやつのおかげ」

「そっちから来てくれるとは、呼びにいく手間が省けたよ」

「あなた達にもう用はない…どっか行って」

「おい!約束が違うじゃないか」

「エリンさん、落ち着いて下さい」

「胤、こんな奴ら無視してどっかにいこ?大丈夫、わたしが何でもしてあげるから」

「………」


後ろで激昂するエリンをハザマが慌てて宥めている。

この二人のどちらかが、この忌々しい四姫を召喚していたのだろう。

愚かなことに、四姫を見るまでは自分しかこの世界に召喚されていないと思っていた。

首を切られた自分が召喚で蘇るのなら、殺したはずの四姫が蘇っていても不思議ではない。


プチッ


食いしばりすぎて口の端が切れたようだ。

溢れ出た血が顎を伝い雫を作る。


「もう一度…殺してやる」

「胤、何をするつもり」

「写刀!!!」


腑が煮えているような感情の昂りに呼応するように能力(スキル):写刀が発動する。

何もない空中に突如として現れた刀を、自分は躊躇なく手に取った。

反りも拵えもない無骨な刀は、鋼とは思えないほど軽く、手に吸い付いているような感覚さえする。

余りに重みがなかったので、人を切ることができるのか不安になったが、衝動的な殺意に任せて刃を振り下ろした。


「い、いや」

「死ね」


鈍く光る白刃が四姫を袈裟斬りにすると、切られた傷口から血飛沫が上がる。

飛び出た鮮血が地面を汚すよりも早く、二の太刀で四姫の首を落とした。

普通に人間であれば、太刀筋を追うこともできない。

まさに神業と呼ぶに相応しいほどの剣技であった。

役目を終え放り投げられた写刀は、塵となって霧散する。


「エ、エリンさん!」

「おい!何で殺したんだ!」

「…なんだ」


詰め寄ってきたエリンに体を揺さぶられる。

怒っているようだが、何故か悲痛な表情を浮かべていた。

声も何処となく熱が入り、涙を堪えているようにも見える。

四姫を殺したことで血がのぼっていた頭も冷静さを取り戻しつつあった。


「なんのために…最後の神器を使ってまでお前を連れてきたと思ってるんだ」

「俺は前の世界で四姫のせいで死んだのだ。復讐して当然だろう」

「は!?でも、こいつはそんなこと一言も」

「四姫になんと絆されたかは知らないが、俺にとってこいつが生きていることは許し難いことなんだ。悪いが謝罪をするつもりもないぞ」

「(小声)そうなりましたか」


ハザマが何か呟くと、自分の体に異変が起こった。

体中に迸るほどの力が漲り、桁違いに大きな何かが流れ込んできていた。

時間にしてほんの数秒でその現象は落ち着いた。

だが自分という存在がこれまでとは違う、何かに置き換わったと感じる。


「おめでとうございます。これで胤ノ介さんは至りました」

「いたる?何のことだ」

「それはね。この世界の上澄になったってことだよ」


声を聞いた瞬間、自分の耳を疑った。

殺したはずの四姫の声が聞こえたからだ。

驚いて死体の方へ振り返ると、そこには首を落とした四姫が何事もなかったかのように立っていた。

袈裟斬りにした傷や、切断したはずの首はすっかり元に戻っている。


「!?」

「痛かったなぁ…でもよかった。成功したみたいで」

「な、何なんだこれは…何が起こっているんだ」

(確かに四姫の命を絶った。なら、なんでこいつは生きている。夢か幻か?違うこれは…)

「スキルなのか」

「すごい、よくわかったね」


言葉にして絶望した。

詳しくは分からないが、よりにもよって四姫の能力は刀で切っても元に戻る能力のようだ。

つまり自分では四姫殺すことができない、そういわれているのと同じだった。

いや、もしかしたらもう一度殺したらいけるかも知れない。


「ちなみに何回わたしを殺しても無駄だよ」

「なん…だと、だが試して」

「証明してもいいけど、今は時間が」


ド、ゴーン


突然、村の奥から爆発音が鳴り響く。

爆心地からそれなりに距離があったというのに、空気がビリビリと振動していた。


「敵襲ー!敵襲ー!」

「クソ、全の奴らもう来やがったのか」


村中から聞こえる、けたたましい声にエリンが顔を顰める。

全というのは確か国の名前だ。

敵襲ということはそいつらが、この村に攻め込んできたのだろう。


「おい、四姫といったかい?生き返ったのなら約束を守りな」

「やだ!」

「キ、サ、マ」

「エリンさん、待って下さい。ここは僕が…」

「何よ…なんといわれようとわたしは戦うつもりは…」

「ええ、四姫さん、あなたは戦わなくてもいいです。ですがそうなればかわりに戦うのは胤ノ介さんですよ?」

「はぁ?」


戦うつもりなど毛頭なかった自分は、ハザマの言動に唖然としてしまった。

それも仕方ないことだろう、なぜなら自分にはこいつらの為に戦う理由がないのだ。

二人から提示された、大人しくついていくという条件を自分は守った。

思わぬ会合を果たした四姫を殺すことができないであれば、当初の目的を優先しようと思っていたところだ。


「おそらく、全の武将の中に神器持っているものがいます」

「本当か!」

「ッ!この卑怯め」

「先に約束を守って頂けていれば、こんなことする必要はなかった。悪いのは四姫さん…あなたですよ」


ハザマと四姫がバチバチに睨み合っている。

戦う理由ができてしまった以上は、自分もこの戦いに参戦するべきだ。

それが菫を召喚する一番の近道になる。

胸の戦いに赴く決心を済ますと、一人の男が村の中から走ってきた。


「村長!敵襲だ!全の奴らが攻めてきた」

「分かってる!状況は?」

「西側の門が破壊されて、そこから敵が…いま男衆が迎撃してますけどいつまで持つか」

「やっぱり西からか…マルはこのまま女子供を東の蔵に避難させろ」

「(コク)」


マルと呼ばれた男は再び村の中に戻って行った。

エリンの雰囲気から、一刻の猶予もないことはよく伝わってくる。

それでもすぐに動かないのは、自分たちを信用するかどうか決めかねている、そんなところだろう。


「時間がない。私は先に行く…できれたらでいい、女子供だけでも守ってやってくれないか?」

「あぁ、わかった」

「恩にきるよ」


エリンはこちらに礼をすると、射られた矢の如く走り出し、あっという間に視界から消えた。

とても人間が追いつける者ではなかった。


「凄まじいな…まあ、いい俺も急ぐとしよう」


ドゴっ!


走ろうと地面を強めに踏み込んだ時に、違和感に気がついた。

踏み込んだ地面が抉れたのだ。

同時に信じられない距離を跳躍してしまう。


「い、一体これはなんなんだ」

「だからさっきいったでしょ、胤はもう上澄なんだから、走り方も工夫しなきゃ」

「着いてくるな!今はお前に構うつもりはない」

「やーだ!胤がいくなら私もついていく」

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