第一話 生き返った先は

【身体形成完了,意識を覚醒させます】

「選別個体の召喚に成功しました」

「うん…上手く行ったみたいですね」


抑揚のない事務的な声と幼い声で目が覚めた。

瞼が信じられないほど重い、開くことがここまで難しかったのは産まれて始めてだ。


「うぅ…ここはどこだ」

「おはようございます」


微かに開いた目に映ったのは、見たこのない容姿をした子供の姿だった。

幼い成立ちに整った顔、癖のある金色の髪はこの世の物とは思えないほど美しい。

そして、何より目を引くのは透き通るような深緑の瞳である。

まるで宝石の翡翠のように美しく、神羅万象を見通しているかのようだ。


「お、お前は…」

「僕はハザマといいます。あなたは胤ノ介(いんのすけ)さんで間違いありませんね」

「あぁ…そうだ」


子供とは思えない落ち着いた声をしていた。

幼い容姿に反して、どこか達観しているような雰囲気を纏うハザマは、あの世からの使いかもしれない。

とはいえ、動かないが体の感覚はある。

視界の端に胴体も見えるので、どうやら繋がっているようだ。


「(俺は生きているのか…それにハザマという名はさっき聞いたような)」


寝起きのようなぼんやりした頭が覚醒してきた。

どうやらここは、切腹した屋敷の庭内ではなくどこかの森の中のようだ。

鬱蒼と生い茂る樹木に囲まれ、日中だというのに辺りはうっすらと暗い。


「何が起こったか理解できないでしょうが聞いて下さい。胤ノ介さんは僕に召喚されました」

「召喚…眠っている時に聞いたな」

「すごい、覚えているんですね!それで早速で申し訳ないのですが」

「待った。こっちの要件を先にしてもらうよ」


ハザマが何かを話そうとしたところに、別の者が話を遮っていきた。

気がつかなかったが、どうやらもう一人いたようだ。

体が満足に動かないので、僅かに動く首と視線だけで声の聞こえた方向に意識を向ける。


「エリンさん…構いませんけど,胤ノ助さんはまだ召喚の影響で体が思うように動かないはずですが」

「それなら担いで連れて行くよ!グズグズしている時間はこっちにはないんだ」


エリンと聞き慣れない名前で呼ばれた人間は、頭からボロボロの頭巾と外套を着込んでおり、全容は分からなかったが、どうやら大人の女性のようだ。

頭巾の下は凛々しい顔立ちをしており、赤褐色の髪が見え隠れしている。

かなりの高身長にゴツいガタイをしており。豊満な恵体をしていなければ、女性だと思わなかったことだろう。


「はぁ…胤ノ介さん、申し訳ありませんが事情の説明は後ほどします。今はとりあえず移動を」

「俺はまだ何も!?」

「しのごの言わずに立ちな!それとも本当に担いであげようか?」

「く、くそ!」


何をこんなに苛立っているのかは知らないが、はいそうですかと着いていくほどお人よしではない。

とはいえ体は動かないままだったので、担がれてしまわれてはどうしようもなかった。

ジタバタしてみるものの、丸太のような腕に掴まれて強制的に肩に担がれてしまう。

その拍子にエリンの頭巾がハラッと取れた。


「とりあえず私の村に行こうか」

「俺は夢でも見ているのか」

「あんたもウェアキャットを見るのは初めてかい?」

「胤ノ助さんの世界には、そもそも亜人種がいなかったらしいですからね」


しれっと二人は流したが、エリンの頭には普通の人間にはない、まるで猫のように手触りの良さそうな耳が生えていたのだ。

唖然として咄嗟に言葉が出てこない。

よく見るとエリンの外套の隙間からは尻尾も生えている。


「これは…本物なのか?」

「ッ!?は、離せ、この野郎」


好奇心から手の届く位置にあった、尻尾に触ってしまう。

作り物と疑っていたが、ほのかな熱とツヤツヤな毛波はまさしく本物だ。

何かいわれた気がしたが、あまりにいい感触だったので長々と触ってしまう。

初めは先端を触っていたのだが、次第に付け根の方に興味が移り手を伸ばそうとした時だった。


「ンッ…ふん!」

「い、痛」


艶っぽい声と共に地面に投げ飛ばされた。

手加減はされたのだろが、エリンの表情は赤鬼のようになっている。

どうも触りすぎたようだ。


「し、失礼、触り心地が良かったものでつい」

「つ、次に同じことをやったら容赦しないよ!」

「ハハハ…」


ハザマは乾いた笑いを浮かべながらその様子を眺めている。

その後、再び自分を担いで歩き出したエリンの足音は荒々しかった。

おそらく許してもらえていないのだろう。

確かに珍しいとはいえ、女性の体を気安く触るのはよくなかったと反省した。


「すまなかったな」

「別に…私も怒りすぎたよ」

「…俺はこれからどうなる?」

「あんたをどうこうするつもりはないよ。大人しく村まで来てくれればいい」

「村か…まぁ、死んだはずの命だ。好きにしてくれ」

「胤ノ介さんは、この状況に疑問がないのですか?」

「疑問?そうだな…これは夢だ。そうでもないと、死んだ俺が生きている説明ができないからな」


あの切腹をした夜も夢の出来事で、この状況も夢幻の類だ。

夢に疑問はつきもの、目が覚めれば全て忘れる。

なら、いつからが夢なのだろう。

菫が死んでから?それともあいつを殺してから?拷問も切腹も夢だというなら、あの痛みを耐え抜いたことに意味はなかったのかもしれない。

疑問を浮かべることに意味などないと思いつつも、考えるのをやめることができなかった。


「おいハザマ、こいつに現実を教えてやれ」

「はい…胤ノ介さん、ここは夢の世界ではありません。龍華という胤ノ介さんが生きていた世界とは別の世界です」

「別の世界?そんな世迷いごと信じるわけ」


言葉の途中で、担がれて体を動かせない自分の額にハザマが手をかざしてきた。

何をするんだと思ったが次の瞬間、数多の情報が脳内に流れ込んでくる。

あまりに現実離れした内容で半分も理解できなかったが、ここが自分達の世界と違うということはよく分かった。

自分は夢を見ているのではなく、死後に魔法と亜人の世界である龍華に召喚されたのだ。


「は!?なんだ今のは」

「ハザマ…また例の魔法かい」

「ええ、これが一番早いですから」

「ここは現…俺は生きている?」

「その通りです。胤ノ介さんは龍華に召喚される過程で蘇ってます」

「…俺以外の人間をこの龍華に蘇らせることができるのか?」

「それは…」

「無理だよ。これ以上、神器(じんぎ)がないからね。それより先を急ぐよ」


エリンの歩行速度が上がり、ほとんど駆けっているのと同じ速度になる。

大の男を一人担いで走ることができるとは、なんと強靭な肉体なのだろうか。

木々の間を縫うように進んでいるはずなのに、そのことに苦労していう様子はない。

それより神器についてだ。

先ほど脳内に流れた情報の中にあった。

龍華に点在する武具の一種で、古より存在するそれは不思議な力を宿し、人それを能力(スキル)という。


「おい、俺が神器を手に入れることができれば、召喚をしてもらいたい人がいる」

「胤ノ介さん、人を呼ぶ時はおいじゃなくて名前で呼ぶ者ですよ」


エリンの人外染みた速度に、顔色変えずに追いついてきているハザマに声をかける。

こいつも見た目は人間のようだが、大概な身体能力を有していた。

自分を何のために召喚したのかは知らないが、警戒するに越したことはないと思っていた。

だが、仮に本当の正体が悪魔だったとしても、どうしても叶えたい願いが出来てしまったのだ。


「神器はそう簡単に見つかりはしません。特に今は戦乱の世、全も阿も強力な武具を集めています」

「それでもだ!どうしても、もう一度会いたい人がいるんだ」

「分かりました…僕の条件を呑んでくれるなら」

「恩にきる。そのためなら何だってやってやる」

「あんたらそろそろ村に着くよ」


移動を開始して物の数刻で村に到着した。

普通の人間なら半日はかかったであろう距離も、エリンのような亜人にとっては近場の部類だったのだろう。

村の入り口が見えそうなところで、エリンから下ろしてもらった。

体も万全とはいえないが、歩く程度なら問題なくできるようになっている。


「そういえば、先ほどの伝達魔法で分かっていると思いますが、胤ノ介さんも能力を使うことができます」

「俺を召喚するのに使った神器の能力か…どうすればいい?」

「その時が来たら心で強く願って下さい。いずれこの龍華を生きていく上で必要になるでしょうから」

「能力;写刀(うつしがたな)か」


召喚された者は神器に付随した能力を扱うことができる。

自分の召喚に使われた神器は写刀、任意の空間に刀を創り出しそれを自在に操るというものだ。

操れる距離や創り出せる範囲など、制限はあるようだが応用次第だろう。


「不思議な感覚だ。頭で理解しているというのに、能力の使い方などは全く分からないのだから」

「すいません。感覚までは伝えられないので…経験をすれば、すぐにでも使えるはずです」

「まぁいい。そんなすぐに必要になることもないだろう」

「…そうですね」


言葉を濁されたような気がしたが気のせいだろう。

能力を使わなければない状況など早々訪れない、この時はそう思っていた。

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