第三十六章 それぞれの宿命 南小四郎の場合
少し時間を戻します。前後する状態が続いています。
南小四郎はJR鳥羽駅に着くと、鳥羽署に向かった。ここまで、私用で来たことになる。だから、余計な気遣いをさせたくなかったのだが、今の鳥羽署の川口署長が、警察学校の同期だった。だから、多少の懐かしさも手伝って尋ねることにしたのだ。
南小四郎は座神にある二つの家の網元である大森と五十嵐の家について、ほぼ調べは終わっていた。網元の家が二つか・・・そうだったのか、と驚かされたが、あの頃は、そんな煩わしいことには気を使わなかった。そんな年齢ではなかったのだ。
南小四郎が十五六のころは盛んに座神に行っていたのだが、大森六太郎と遊ぶためだった。だから、その土地の慣習とか住んでいる人たちの人柄なんて気にはしなかった。ただ、行く度に疎外感を感じないではいられなかったりしたのを、はっきりと覚えていた。俺を素直に向かい入れてくれない何かが・・・あったのだった。
その感覚は、当たっていたと思った。だからといって、どうこうしない。俺は六太郎に会いに行っていただけだったのだ。
そして、六十五年前の不可解な事件についてもしることとなった。もちろん、その頃には俺は生まれていなかったし、そんな事件があったなんて、聞いたことはなかった。
「その事件について、聞いたことがありますか?」
小四郎は怪訝な目で署長を見た。
六太郎の祖父大森五郎、妻のやよい、真奈香の祖父、五十嵐信幸、長男の幸男、次男の信也が死んでいる。警察の記録にはすへて事故死となっている。詳しい記述はなかった。
(何があったんだ?)
六太郎から、そんな事件があったことさえ聞いたことがない。十五六の少年の耳に入ってくるわけがない。
(たとえ聞いたところで、そんな事件に興味を抱くわけがない)
のだ。
「何があったんですか?」
小四郎は、鳥羽署長の川口に訊いた。確かな答えが返って来るとはおもっていない。座神が、どういう土地柄かというのは知っている。
川口署長は苦笑いをした。その後、言葉を続けた。
「当時の事件の担当者はもう亡くなっています。たとえ生きていたとしても、記録されていること以外話さないでしょう。そういう場所だったということです。よくご存じのはずですね。ふっ、その頃はそういう時代だったんです。行かれるんですね。行くんですね。詳しいことをお知りになりたいのなら、座神に行かれて直接訊かれるといいですよ。当時のことを知っている人はまだ生きていると思いますけどね、ふふっ・・・。あそこは、今も少しも変わっていません。どこまで本当のことを知ることが出来るか、保証しかねますがね」
もちろん行って見るつもりです、と、こくりと小四郎は頷き、苦笑した。笑う必要はなかったのだが、そういう場所だと知っているのに、行くと頷いた自分が可笑しかったのである。
小四郎は、自分はここで生まれて育ったことは言っていない。署長は知っているのかも知れない。気を使っているのか、それとも南がこっちの生まれだということと、わざわざやって来たこととは全く関係ないから訊きかえす必要ないと決めているのか、小四郎には所長の考えがよく読み取れなかった。
小林刑事は連れて来なかった。他人に余計なことを訊きかえすと思ったからである。鳥羽に着いた時、あいつから携帯に電話があった。連れて来なかったのは正解だが、ひょっとして、あいつはやってくるかもしれないと変な胸騒ぎがした。
鳥羽についたのは、午後五時前だった。そんなに話し込んだとは思わなかったのだが、気がつくと午後の八時を過ぎていた。こんな時間までわざわざ付き合ってくれた署長に礼をいって、鳥羽署を後にした。
その後、鳥羽から鵜方まで足を延ばした。
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