第三十五章 それぞれの宿命 ㈡ 池内直、池内美和親子
また少し、話を戻さなくてはならない。
(変ね・・・?)
池内直は体の中に違和感をもった。小柄な体からは物悲しい雰囲気が醸し出されている。自分は神経質な体質でない。彼女はそう思っていた。しかし、他人が見る彼女はそうではなかった。
それは、以前にもあったことなのだが、今この瞬間はもっと強い。
(なぜ・・・あの子を、美和をひとりで志摩に行かせたのか)
変ね・・・また彼女は自問してしまう。
池内直はこのところすぐに眠りに入れない日が続いている。
(このままで、いいの・・・)
直は、じっとしていられない気持ちが・・・というより感情が苛立って、部屋の中を歩き回る日が、多くなっていた。娘の美和は隣の部屋で寝ているはずである・・・いつもなら。だが、今日はいない。
初め、直は反対した。
「卓君も一緒だよ」
美和は毅然とした態度でいった。
この時、直は、
(この子は・・・こんなに強い子だったのかしら?)
やはり、今日も眠れそうにもなかった。
直は、あの時から、娘の変化には気付いてはいた。
(へん・・・でも、あの子は、間違いなく私の子・・・忌々しく別れてしまったあの男との間に生まれた子)
直は、あの男の子を産んだことに、少しの後悔もなかった。
(好きだったのだから、あの頃は)
いい思い出ばかりだった。しかし、その甘い時間を過ぎると、お互いのぎこちない関係が頭の中を混乱させて来た。
まあ・・・いいか。そう、納得させる。
(あの頃も後悔していないし、今も、これで良かった)
直は心から思う。
(でも・・・)
この言葉を使って、首を傾げてしまうことが、直にはあった。
(いつから・・・)
直は考えを巡らす。
こんな時、ひとつの結論に達する。
(あの旅行から帰って来てから、あの子は変わってしまった)
何の根拠もない。そう思う、そう感じるだけだった。
(不安・・・怖さ・・・)
はある。しかし、それも、何の根拠もない。
いつ、だったか、
「ねえ、久し振りに一緒にお風呂に入らない?」
と、誘うと、
「いやだあ」
美和は笑っていた。
直も笑った。今まで、こんなことを言ったことがない。
(なぜ、あんなことを言ったの)
次の日の朝まで直は気になっていたから、朝弁当を渡す時、美和の手に触った。
(不思議な感触が・・・)
今も、その感覚が、直の手に残っている。
なぜ、志摩に行っていいと許したのか、その時の心情をまだ直は計りかねていた。
(私も・・・行った方がいいのかしら)
直には迷いがあった。この自分の決断にも理解出来ていない。
(明日でいい・・・決めるのは・・・)
直はその夜、やはりなかなか眠れなかった。
(あの子は・・・間違いなく私の子。あの男の子でもあるけど・・・もう私は忘れてしまったわ。そうよ。そんなはずが無い。私だけの子供なの。ああ・・・そうだ、そうだ、そういえば、あの子ったら仕切りに気にしていたわね)
(あの子ったら、一人で決めずに・・・ちゃんと相談してくれている)
池内直は頷き、笑みを浮かべた。
栗谷町の霧ヶ谷地区は不思議な形の地形に囲まれているけど、そのひとつの堤防を河原に下った所にある大きな楠・・・このごろ・・・風もないのに揺れているって、いう噂がある。それも、木全体がしなるくらいに揺れるらしい。直は見たことがないらしいけど・・・どうやら卓君は一度見たらしい。
(すごいの、風が無いのに揺れているのよ、怖いくらい)
あの子は自分が実際に見たような言い方をしていた。
「フフッ!」
直は可笑しかった。
(私は何を考えているのかしら。あの子は、私の子なのに。何時からか、何処かの他所の子の話をしているみたい・・・フッ)
直の感情は乱れっぱなしのようだ。
「私も志摩に・・・会いに行こう。あの子の後を追って・・・」
彼女は呟く。そうすることで、彼女の心は少し落ち着く。
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