第三十四章  それぞれの宿命 南小四郎小四郎の場合 ㈠

南小四郎は鵜方駅前で借りたレンタカーを座神のバス停の近くに止めた。

「ここだ」

小四郎はぽつりとつぶやいた。久し振りだった。十六七歳の頃は、学校が休みの時には何度も、この道を自転車で座神まで降りていった。今もそうだが、道はぐねぐね曲がっていて、舗装されていない。こんな道を自転車にのったまま下まで、一気に降りて行ったのか。南小四郎はここで大きく息を翠、吐いた。

ここが、座神の入り口だった。

(どうして、あんなに六太郎を訪ねて行った)

のか、小四郎には説明がつかない。

(心の中に、何かが引っ掛かっていたのかも・・・

知れない。しかし、それが何か、彼は思い出すことが出来なかった。

座神の中は、人ひとりが通れるくらいの細い道が入り組んでいた。初めの内は、何度も同じ所に戻ってしまった。もうすっかり忘れてしまっているようだった。

行ったり来たりして五六回迷うと、何とか先に進めた。

「ふぅ・・・」

小四郎は吐息とともに、そんな自分に可笑しさを持ってしまった。

(この座神には薄っぺらいが、強固なガラスの壁があるようだ)

「相容れないもの・・・来るものに対して拒絶感が、その薄っぺらいガラスの壁の中に染み込んでいる」

小四郎は沿何気がした。ひょっとして、その拒絶感に興味を引かれたのかも知れない。

(あいつも・・・)

そうだ。得体の知れない不可思議な男だった。

しかし、俺はあいつが好きだった、この気持ちは否定出来ない。

俺たちは、ごく普通の高校生の親友のような間柄だった。

喧嘩もした。

(ひどい喧嘩だった)

六太郎は男ではなかった。運動神経もよかったし、体力もあった。しかし、高校の時にどの運動倶楽部にも入らなかった。授業が終わるとすぐに家に帰った。

(俺は・・・)

あいつの家が座神の網元だと知っていた。

「家で何をやっているんだ?」

六太郎は訊いたことがある。

あいつは笑っていた。その後、てくてくと歩いて真珠の選別小屋に入って行った。六太郎の家の裏にあり、すぐ傍が英虞湾の水際だった。

(隠す気はなかったようだ)

結局、

(あいつのことが、理由もなく好きだった)

のだろう。

小四郎はそう思うことにした。

(それでいい)

と、小四郎は思う。

(あいつは死んだ。この事実を、俺は受け止めなければいけない)

小四郎は、太ってしまった体を揺らしながら座神に向かっている。

妻の真奈香の死、六太郎の無残な死の真相を調べに来たのではなく、

(何かに・・・誰かに呼び寄せられた・・・)

ような気が、小四郎にはしていたのである。

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