第三十一章   智香の苛立ち・・・

ヤソは、突然英美の目の前で気を失った。

英美は突然のことで、戸惑いを覚えた。

「おい!どうしたんだ?君・・・」

と、声を掛けるが、小さな口から泡を滲ませている。

「何だ、お前は!芝居でもやっているのか」

次の瞬間、少年、ヤソの目がぎょっと大きく見開いた。

瞬間、ヤソはぬくっと立ち上がり、

「来る、来る、恐ろしいあいつがやって来る。そうです、あなたのご主人様がやって来るんです」

といい、英美の周りを、また回り始めた。

ヤソは何かに動揺していのるか。怖がっているのではない。ヤソは真奈香からあいつの存在も聞いていたのだ。

《いいですか、私は自分の存在を隠してきました。だから、あいつは私を前に現れることはありませんでした。でも、あいつからいつまでも隠れ続けることは無理です。その間に、あの子・・・智香に自分に与えられた宿命を教えなければなりません。今は、あの子は未熟です。でも、あの子は自分の宿命に立ち向かって行くでしょう。いや、行かなければならないのです》

あいつが、この世界に踏み出したのは、真奈香がいなくなってからだったいいえ、いなくなるちょっと前だったのだ。それまでは、真奈香の近くにはいなかった。その気配さえ消していたのである

「俺の主人・・・お前は、何を言っているんだ?坊や、お前は気が狂ってしまったのか?」

英美は怒りを表した。

ヤソは苦笑する。真奈香は、さらに言う。

娘智香に、何かが起こった時、

(お前は現実の世界に出て行って、あの子を守りない。必要があるならば、闘うのです)

と、ヤソは命令されていた。

突然、ヤソは英美を睨み、

「あなたは、あの恐ろしいあいつの命令を受けて、やって来たのですね」

ヤソはさらに続ける、

「あなたは・・・あいつを知っていますね。その恐ろしさも、十分知らされているはずです」

火度美はぎくっと肩を震わせ、少年を睨んだ。

(あいつ・・・あの人は・・・何処にいる?)

突然恐怖に慄き、きょろきょろ周りを見回すのだが、

 「お前は・・・あの人がお前には見えるのか?」

英美は、覚えのある気配に気付いた。

 (あの人は、俺を見ている)

 のだ。だから、逃げる気はない。だから、こうして、ここにいる。ここに、来たのだ。

 「うるさい。そんな目で俺を見るな。あの子は、何処にいる、智香は?」

 英美はヤソを押し倒した。そして、家の中に入って行こうとする。

 「だめです、いけません。それ以上、家の中に入ることはだめです」

 ヤソは、英美の背後から抱き付いた。

 「離せ!」

 英美はヤソを突き飛ばした。ヤソの心は大人なのだが、体は子供みたいに小さい。軽く突き飛ばされた。その時、

「なんだ!」

英美の目に向かって、何かがぶち当たって来たのである。

「お前たちは・・・」

二人の周りを、白いものが飛び回っていた。 


「騒がしい・・・」

玄関の方から聞き覚えのある声が、耳に入って来る。

だが、今は気にしていられない。近付いてくる何者かが、智香には気になる。

(誰かが、近くにいるの!すぐそこに・・・あいつなの・・・あいつがそこまでやって来ているの?でも・・・

 今は、ぬいの話す言葉に集中していようとしていた。

 「やはり。あいつなの・・・あいつだ。間違いない」

 智香の両方の手首は激しい痛みがある。顔を歪める。それでも、ぬいの話を聞いている。

(今、あたいは、ここで闘うことになるの!だめ。今はだめ。もう少し・・・もう少し待って)

智香には、あいつ以外のみんなの顔が見えていた。もう・・・すぐ、みんなはここにやって来る。

(なぜ・・・?)

なぜですか、お母さま。どうして、あたいには人が、多くの人があたいの所に来る人たちが見えるのですか?)

「あの人の姿も、一矢さま・・・」

誰にも聞こえない声だった。

(ああ・・・)

この瞬間、痛みが少し和らいだ。

 「それで・・・」

 ぬいは、また話し始める。

 智香は、ぬいの目を見つめた。

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