第三十章 訪ねて来た津田英美
「おじさん・・・誰ですか?」
五十嵐の家の中に入って来た、見知らぬ男の前に立った。小さな少年が笑っている。ヤソである。
(・・・お前は!)
ヤソはピンときた、
ヤソは言葉にしなかった。智香様の友だちである孝子様の父上だ。真奈香様の家にいる時には外に出ることはなかったから、今日会うのは初めてだった。だけど、真奈香様から、そのような人がいると教えてもらっていた。
(恐ろしい人だから、気を付けてね、と教えられていた。いいですか、お前にはその人からも智香を守ってほしいのです)
ヤソはずっと笑っているが、眼の前の男を睨み付けている。
背の低い子どもに見えた。十歳くらいだろうか、しかし彼は鬼神なのである。津田英美はそれを知らない。
(おかしな子だな、こいつは、誰だ!)
座神の子か、それともこの家に住んでいる子なのか・・・津田英美は、その子供から眼を逸らした。眼が黒く、底光りしていて、君が悪い。幼い子供の純真な眼ではなかった。
(ここに・・・智香はいるのか)
いるはずだ、間違いなく。
英美は、家の中を覗き込む。人がいる気配がする。英美は気を取り直して、
「君は、ここの家の子・・・か?ここに、十二三才の女の子はいないか?」
ヤソを睨むが、返事はない。さっきから睨み付けられたままだ。
「(いいかげんしろ)智香という名の女の子なんだけどな」
怪しい男を睨み付けたまま、ヤソは、彼の周りを回る。
(誰なんだ、こいつは?気味が悪い)
ついに、我慢出来ずに、
「な、何だ、君は?」
英美は怒鳴った。
それでも、このおかしな子は返事しない。
(よく覚えていてね、私が何かあったら、娘の智香を守れるのは、お前だけだからね)
この後、真奈香はヤソにこの先自分の身に起こるであろう悲しくて恐ろしい出来事を言い渡した。ヤソには真奈香様が説明したことが
(信じられ・・・)
なかった。その時の気持ちを、ヤソは覚えている。
自分の宿命を知っていた真奈香は、たえず、
(私に、何かがあれば、智香に仕えるように。お前が命にかけて、あの子を守るように・・・)
と命令されていたのである。真奈香の宿命を智香は受け継がれていた。ヤソは、そのことをよく感じ取ったのである。
だから、(智香様を守る)誰も智香様に近づけるわけにはいかない。
「智香!」
英美は叫んだ。
「静かにして。止めて下さい」
ヤソは英美の体を押し倒した。
英美は立ち上がり、ヤソを押し退けようとした。こんな子供に
(こいつは何だ?何で、俺の邪魔をする)
「お前は、何なんだ?むっ」
この子供は、俺を完全に無視をしている。
「止めて下さい、それ以上、中に入らないで下さい」
子どもの声だが、妙に迫力があった。
英美は、一歩前に進んだだけだった。子供とは思えぬ力で、もう一度はね返された。
「それ以上進むと、僕は本当に怒りますよ」
英美は、ぎくっと怯えた目をした。
「帰って下さい。あなたが来る所ではありません」
真奈香に仕えた年月・・・いや、それ以上の年月を宿命に従う家系に仕えて来たからこそ感じるものが、ヤソにはこの男が敵だと確信していた。
(真奈香様に教わった通りだ。それに・・・)
今、ヤソの体は恐怖に慄いていたのだが、かろうじてその表情に出さないでいた。それは・・・鬼神として、真奈香様に育てられたから。それが、ヤソには不思議なことに喜びもあった。
(来る・・・来る・・・)
「おい、どうした?」
正友は、少年の異変に気付いた。今度は、得体の知れない何かに怯え慄いている。
(何が・・・表情がころころと変わる子供だな)
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