第二十七章   吉佐という男のこと

智香は砂代から聞いたことを、ぬいに話し終えた。

すべてが初めて聞くことばかりだった。その時は、

(何なの・・・)

と彼女は思った。不思議と涙は出なかった。なぜお母様は、

(私に話してくれなかったのか・・・)

という疑問を彼女は強く抱いた。

しかし、真奈香はもうこの世界にはいなかった。だから、智香は、ぬいに聞かなければならなかった、父と母の秘密を。

「その日の夜半、何があったのです?」

ぬいは智香を見つめ、

「お知りになりたいのですね。そうですね、あなたは、知らなければならないことです。砂代様も、あなたの宿命をうすうすは知ってみえますから話されたと思います。話します、あなたに話すことが、私には最後の仕事だと思っています」

「ぬいさん・・・」

ぬいがいった、最後の仕事という言葉が、彼女は気になった。智香は双竜王の珠を握りしめた。二つの珠は小さく鼓動し、生きているようにさえ感じた。

ぬいは

「智香様、何から話せばいいのでしょう」

といった。智香の胸は騒めき、ぬいから目を逸らせられなかった。

「話しましょう、私の知っているすべてを。ただ・・・」

智香の瞳がくもった。

「ことの発端は四百余年以上前に始まります。もっと時間を遡らなくてはならないかもしれません。しかし、その先に何があったのか知る術がありません。話せるのは、今から話すことだけです。そのころはすべてが事実だったと思います。でも、長い年月の経過は事実を消し、すべてが半ば伝説になってしまいました。私の家系はずつと五十嵐の家に使えていました。ええ・・・そのころは真実しか存在していなかったと思います。何代かを経て、私に受け継がれました。真実らしく思えますが、捻じ曲げられた事実もありましょう。そんなのたいしたことではないでしょう。何人かの人が与えられた宿命のまま懸命に生き続けて来たのです。五十嵐源次様も大森利右衛門様も座神の網元でいらして、それぞれ座神の人々の信頼を得ていたと伝わっています。ええ、初めのころ、この二つの家の間には争いが絶えない時代でした。そんな中でも、座神の人たちは互いに助け合いながらも生きていました。座神では、年中漁業の仕事があるわけではなく、時には通り掛かる船を襲い、海賊まがいのこともやっていたと聞きます。遠い所では瀬戸内までも行き、暴れまわったそうです。男どもの世界です。相当悪い遊びもしていた。女をさらって来たこともあったようです。そんなこともあり、海賊の仕事は男の欲望を刺激するものでした。吉佐も・・・その中の一人でした」

ここで、ぬいは言葉を切った。

「き・ち・ざ・・・叔母さまから聞きました、誰です?あたい、初めて聞く名前なんです」

智香は、ぬいの言葉を待った。

両方の手首がまた痛い。

(あいつが・・・近くにいるの?)

唇をかむ。

ぬいは力を込め、語り続ける。

「ああ・・・吉佐は、利右衛門様の弟でした。利右衛門様に似て、がっしりとした体でした。目が鋭く、気が短く、気分を害しますとすぐに喧嘩早かった。お兄様は座神の人に頼られましたが、吉佐は嫌われていたのです。今となっては、どうしようもないことかも知れません。恐ろしい方です。あの方も宿命のままに生きていた方です。怨念の塊り、恐ろしい鬼神です。すべての元凶は吉佐から始まり、それから何代にも渡ってずっと受け継がれ、あの人洋蔵に行き着くのです」

ぬいは・・・何かを、誰かを恐れているようだった。その目は震え、周りを気にし出した。

「洋蔵って・・・」

ぬいは首を振る。

「吉佐の怨念は生き続けて、・・・あの人は、すぐそこにいます」

(誰かが、そこにいる)

落ち着かない、ぬい。

智香は気になり、まわりに目を配る。誰かが近づいて来ているのは、彼女にも分かる。しかし、そこにはいない。

「その人の怨念・・・?」

ぬいの言葉は少ない。

「ぬいさん、教えて下さい。あたいが知らなければならないことなら、何でもいいんです、教えて下さい。あたいは自分に与えられた宿命に耐えます。耐えて見せます」

(は、はい。後で・・・いえ、いまから)

話さなければなりません。

「吉佐が丸っきり悪いとは言いません。反面、とても可哀相な方なのかも知れません。襲った船から奪った金品は膨大なものになっていきました。座神の村の中に置いておけませんでした。そこで、何処かに隠しておくことにしたのです。座神には、ぴったりの場所があったのです。いつもは海の中に隠れている洞窟が、ある時期にだけ潮が引き現れるのです。(ぬいの語りは重苦しいが、とうとうと智香に話す。長い間語り継がれて来たようだった)ここに来られるとき、海から飛び出た岩を見られませんでした?」

(そういえば・・・)

智香は少し頷いた。

「潮が引いた時に洞窟が現れるのは、座神の誰もが知っていました。その洞窟の一番奥に奉ってある神仏があるようです。私も見たことがないのですが・・・それが座神を守ってくれているという伝説があったのです。誰も、その洞窟に近付こうとはしません。

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