第二十八章 秘密のかけら・・・
その洞窟の存在そのものに、利右衛門様と源次様は秘密の細工をしました。ええ、二人以外この洞窟には近づけないようにしたのです。
「自分たちだけのものにしょう」
さあ、どうでしょう。約束だから、みんなには分け与えるから・・・と、大っぴらに言っていたのですがね。でも、自分たちのものにするという欲望があったのかもしれないのです
「哀しいことです。海賊まがいのことをして集めた金品、財宝はみんなのために使うという約束を、利右衛門様、源次様は、座神のみんなにしていたようです。でも、そこへ吉佐が異論を唱えました。というより、二人の策略に気付いたのです。
「俺たちは命を賭けて来たんだ。みんな、俺を信用している。俺たちにも分け前を寄こせ」
この要求に、どちらかともなく吉佐を殺すと決めます。俺がやってもいい。しかし、俺はあいつの兄だ。
「吉佐には、しの、という妻がいた。こっちは、俺が近付かないように閉じ込めて置く」
吉佐を殺す役目は源次が引き受けたようです。誘き出したのは兄の利右衛門様です。崖の上で、どのような話があったのかはわかりませんが、一人残った吉佐を、源次は崖から落とします。ところが、吉佐は源次の手首をつかみ、抵抗しました。このままでは、吉佐は海の中に落ちてしまいます。熊野灘の波は普段から荒く、幾ら漁をする彼にでも、その荒波の中に落ちれば泳ぎ切れません」
(ぬいは、その現場にいたような迫力で語る)
一方、源次様も必死です。何とかしなくては、自分も死んでしまいます。そこで、源治様は自由な手に短刀を取り出します。
「やめろ!」
やめません、源治様は。
吉佐の右の手首は切られました。その刹那左の手で源治様の・・・短刀を持った手首を掴んだのです。やはり、必死です。吉佐の切られた右の手首は、源治様の左の手首を掴んだままです。源治様は短刀を右に持ち替え、今度はもう一方の手首を切り取りました。
そうです、吉佐は海の中に落ちて行きました。恐ろしいことに源治様の手首には吉佐の手首がくっ付いたままです。何でも・・・七日たっても、吉佐の手は源治様の手首から、吉佐の腕は取れなかったそうです。都から陰陽師を呼び、やっと取ることが出来たのです。でも、吉佐の怨念でしょうか、源治様の両方の手首には黒い痣がしっかりと残っていたのです」
智香には信じられなかった。ぬいは伝説になったといっていたが、快い伝説ではなかった。ぬいは続けて、
「そして、陰陽師は、こう宣言したのです。吉佐の手首を前にして、この怨念はずっと続き、この家の長女の手首に、黒い怨念として生き続けるだろうと」
智香の手首は生きているような感覚があった。智香様・・・とぬいはいう。
「この話の・・・伝説の続きがまだあるのです。吉佐には妻がいました。しのという女です。この修羅場を茂みの隠れ、しのが見ていたのです。女の身です。出て行っても、何も出来ないと分かっていたのでしょう。しのがどんな気持ちだったのか推し量れません。耐えるしかなかった・・・そう、覚悟したのかもしれません。
でも・・・さらなる悲劇が、しのの身に迫っていたのです。その崖での、しのの様子を利右衛門様が見ていたのです。それから、しのは二人に呼び出された後、この座神から消えたといいます」
長い沈黙があった。特に、智香は、自分が怨念に包まれた宿命の真っただ中にいることを認めないわけにはいかなかった。
(あたいは、何をしたらいいのです、お母様)
答えてしれない、自分で探すしかなかった。
「誰も悪くないと思います・・・はい、きっとそうです。そんなはずがありません。でも、でも・・・もうすべてが遅いのかもしれません、智香様。その黒い痣は、吉佐の怨念の証しなのです。真奈香様も手首に黒い痣がおありになりました、ただ・・・右の手首にだけです」
ぬいの目は一瞬鋭く光り、顔色が変わった。口元の皺が震えている。
「お母さまの手首にも痣が・・・」
初めて知る真奈香の秘密だった。
(それは・・・)
ぬいはまだ語り続ける。
陰陽師の宣言通り、源治様の家に生まれる長女にだけ受け継がれて来た、吉佐の怨念・・・と言われて、恐れられています。
今、今日、初めて知らされる事実なのですね。真奈香様は、このことを娘であるあなたに言えなかった。智香様の黒い痣は、両方の手首に在りますね。陰陽師は、こうも宣言したのです、何年か先・・・数百年先かも知れないが、両方の手首に痣のある子が、この世に生まれる。その時、この家系は、この世の中は救われると。
(あたいが・・・)
手首を見つめ・・・自分が置かれた宿命に驚く。
あたいが望んだことじゃない。いや、いやだ、小さな首を振り、拒絶しても、この運命・・・宿命からは逃れられない。
あたいに何が出来るの、
吉佐はもういない。とっくの昔にいなくなっている。
あいつは、洋蔵は、あたいを相手に、伝えられて来た宿命を果たそうとしている。あたいを必ず殺すという。実際、あたいは殺されかけている。このあたいが・・・やっと十三歳になったあたいが・・・そんな闘いをするの、
あいつ、あいつ・・・
(あいつ・・・あいつが、そこまで来ている。何をしに来る、私に,何かよう・・・卓君、美和ちゃん、近くに来ているのね、でも、来ちゃ、だめ・・・)
智香は、顔を歪めた。両方の手首に痛みが強く走ったのである。それは、間違いなく、あいつがここにやって来るという証拠なのである。
(来なさい、私は闘う。愛するみんなを守って見せる。だって、私はもう一人じゃ・・・ない)
「智香様、智香様・・・」
人の声が聞こえる・・・誰・・・?
「ぬいさん・・・あたいの・・・宿命!」
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