第二十六章  知り始める智香

大森智香は目をつぶった。

言葉が出て来ない。

彼女は大きく息を吸った。そして、

「志摩に行って来ます」

砂代は大きく頷き、そうした方がいい、といってくれた。


そして、もう一つ、

「これは母のこととは関係ないのですが、ぬいさん、この座神には昔の海賊が奪った財宝が何処かにあるって、本当ですか?とても気になっていました」

父と母には関係ないことだった。あの声の人は、あたいの気持ちを奮い立たせるために話したのかも知れない。でも、気になった。あたいの宿命の秘密が、そこにあると言った。

「噂ですよ。座神の人々に伝わっている伝説のようなものになってしまっています」

「では、ないのですか?」

「いいえ、あります。私が伝え聞くところによれば、この座神の何処かに必ずあります」

ぬいはきっぱりといった。

「卓君や美和ちゃんに話したら、すごく興味を持ったんです。ああ、二人はあたいの友達です」

それ以上、ぬいは言葉を続けなかった。


「お母さまが亡くなったあの日、その場所から逃げて行った男の人は・・・誰ですか?」

智香は、あの夜の出来事を短く話した。

(男の人・・・)

「あぁ、そんなことがあったの。その人・・・多分、いつか見かけた人ね」

砂代はその人をはっきりと覚えていた、智香が洋蔵と闘っていた時に、優しい目で見つめていた男の人を。

「ああ、はっきりと覚えているわ、知っていることは話すけど、詳しい成り行きは、志摩にいる青田ぬいさんに聞くといい。きっと教えてくれると思うわ」

「はい」

とだけ、智香はいった。

「いい・・・その人は・・・安部安貴・・・といったと思う」

「あべ、やすたか・・・?」

砂代は大きく息を吸い、話し始めた。

「それは・・・その事件・・・事件といっていいと思う、それが起こったのは、私が中学生のときだった。今のあなたと同じね」

九月二十四日は、朝早くから風は強く吹き始めていたような気がする。その年の最後に来た大きな台風だった。

「結果として、その台風は、志摩地方に大きな被害を与えたの。今となっては、遠い昔の話よ、十五六年前のこと」

智香は、

「その台風が来た時、何があったんですか?お母さまは・・・何を・・・」

と聞いた。心が焦っている。

砂代の話から、真奈香は、六太郎より四つ下、

(だから、十七・・・だった)

ことになる。

砂代は智香から目を離さない。

「よく聞いて、あなたは知らなければならないことなのよ」

台風は、その日の深夜、英虞湾を直撃した。父六太郎は、このままでは真珠が全滅してしまうと危惧し、一人で荒れる英虞湾に出て行った・・・

智香は、砂代から聞いたことを、ぬいに話した。初めて聞くことばかりだった。知らない名前もが出てきた。

(吉佐・・・だれ?)

ぬいは何度も頷き、憐れむ目で智香を見たりした。

{吉佐・・って、誰ですか?}

ぬいの返事がない。頬が小さく震えている。

(どうしたのかしら・・・)

何かを知っているようだった。

智香は聞き返したかったが、とにかく砂代から聞いた以外の全ての真実を聞き出したかった。そうすることで、心の中を少しでも軽くしたかった。

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