第二十四章  座神は、もう・・・そこである。  

飯島一矢は、そのまま歩き続ける。二十メートルくらい先を、一人の男が歩いている。津田英美である。その彼が、突然振り向いたのである。

だが、一矢は、ぴくりとも反応しない。

少年が一人歩いていた。確かに・・・気配を感じたのである。尋常でない気配だ、と英美は感じ取ったのである。

(敵か!いや、あいつ・・・)

と慄いた。あの化け物・・・に出会ってから、敵という言葉を意識するようになり、見知らぬ人でも彼は身構えるようになった。普通の人間であると確認が出来れば、本当に安堵する。英美の敵は洋蔵だけなのである。自分の後ろを歩いている少年も・・・むしろ、この先洋蔵以上の敵に駆る可能性があった。それを。彼はまだ気付いていない。というより、少年は計り知れないほどの不可思議な力の持ち主なのである。その英美は、今、あいつの命令に従っている。

英美は大きく深呼吸をして、また歩き出した。


(あれは・・・確か?)

南小四郎はアクセルを緩めた。

バックミラーに目をやった。

(どうして、ここにいる?)

六太郎が死んでしまったから、英美が、貴金属の店を引き継いでいるのは知っている。だが、どうして、こんな所を独りで歩いている・・・真珠の買い付けか?

(ひとり・・・か)

小四郎は、レンタカーを止めなかった。

(それに・・・!)

英美の後を歩いていた少年・・・は、

(あの少年ではないのか?)

「何かが・・・?」

彼は呟いた。が、それ以上の言葉は続かない。英美が志摩いる確かな理由が分からなかったし、そんな彼だから、なぜ、あの少年が、こんな所を歩いているかが分かるはずもない。


もうすぐ、座神に着く。志摩にいる時には、高校生だったが、自転車で六太郎に会いに来ていた。南小四郎も若かったのである。

「ここだ。ここで、いい」

南小四郎はバス停の近くの空き地に、車を止めた。

「あそこだ」

《この先、座神》

という立て看板が立ててある。国道に沿って、樹木が茂っている。あの頃と、少しも変わっていない

看板を曲がると国道から外れる。道は北に折れる。北に折れるが、一直線の道ではなく、そのまま急な坂道をくねくねと二キロばかり降りて行くのである。その道の情景は、多分当時と変わっていない。懐かしかったが、ふっ、と吐息を吐き、ほっとする。そんな心持ちになるために、ここに来たのではない。

「行くか!」

小四郎は、今までに感じたことのない高揚と恐怖に襲われている。体が、ぶるっ、と震えた。

(なぜだ?)

この気持ちを抑えようとしたが、彼はすぐに止めた。

笑えた。こんな自分は、今までいない。また、

「なぜた!」

今度は、声に出した。そして、小四郎は、懐かしい道を歩き続けた。凸凹した道も、あの頃と少しも変わっていない。彼はそう感じた。


飯島卓は黙ったままだ。初めて見る志摩の風景だった。目を細めた。目に映るすべてが眩しかったのである。

(なぜ、あの人が!)

兄、一矢のことである。

まさか、と思い、振り返ったが、確かに、兄だった。

やはり、不思議な人だ。彼は、改めてそう思うのであった。

「ねえ、何を考えているの!」

肩を叩かれた。

「えっ、何?ああ・・・」

もうひとつ考えていたのは、兄の前を歩いていた男のことである。

「確かに・・・あの人は・・・!」

(どうして、ここに・・・いるんだろう?)

あの時から、一矢を自分と同じ血筋だと思えなくなっている。あれこれ考えても、正しい答えは返って来るはずが無い。それなら、どうするんだ、と問うても、どうしたらいいのか、答えは出て来ない。

(母に・・・聞く?)

聞けるはずが無い。

一矢への不可思議感は尽きることはない。

(俺たちは、本当の兄弟・・・!)

こんなことは思ってはいけない、考えてはいけない疑問だ。

「ねえ・・・」

美和がしつっこく訊いて来る。

「分かったよ」

こういうしかない、今は。

「何だよ!どうしたんだよ」

「だから、聞いているじゃない、何を考えているのよ?」

「えっ、そうだな。智香のことだよ。心配してるんだよ。美和だって、そうだろう」

今は、これ以上何も話したくなかった。

「私だって、心配だよ」

「だったら・・・」

卓は、だったら、しばらく黙っていろと言おうとしたが、

「もうすぐ座神のようだ。あと二つ先の停留所か」

車内の路線図が、偶然目に入ったのである。


「あの男は、何処にいる?」」

里中洋蔵のことである。飯島一矢は、これから行く先に、不吉な予感を抱いた。そして、

(そこには、奴がいる)

「答えろ!」

一矢は叫ぶ。近くに、いや、ここにいるのは分かっている。なぜ、返事をしない。

(まあ、いい。)

「そこで、分かるだろう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る