第二十二章  小四郎の独り言・・・

俺は恭子を何処まで理解をし、生まれて来た人間として認めていたのか?まだ、五歳だった。そう考えた時、小四郎は、体が無意識に震え、恐ろしくなりうずくまってしまう。

(まだ・・・)

いや、あの時には五歳だったのだ。俺は何もしなかった。風呂に入れることもしない、おむつを替えることもしない、たまの休みに遊園地、そう犬山のモンキーセンターに行くこともなかった。子供はいつまでも何の感情ももたない生き物ではない。時間の経過とともにいろんな知識を得て、感情を生成させて行く・・・俺も、いや俺がそうだった。

 小四郎の心は珍しく錯綜している。なぜか、タヌキ屋の出戻り娘、育代の顔が浮かんで来た。三十四歳の妻と娘から絶縁された男と、三十一歳の出戻り娘あの事件で両親を失った十二歳の少女、この三人を結び付ける要素は、今の所何もない。

 南小四郎は首を強く降った。

 「あの子は・・・智香は私たちとは違う世界に住み、そこへ行こうとしています。あの子がきっと孝子を連れ戻してくれると思います。でも・・・正直、不安なのです。十二歳の女の子に、私は何を託せばいいのでしょう?」

と、砂代は小四郎に話した。彼女の複雑な心情を、声の震えから十分読み取ることが出来た。

志摩に行かなければいけない、とはっきりと決断する少し前、南小四郎は久しぶりに南風壮に帰った。部屋に中に入ると、むっとする熱気が襲い掛かって来た。しかし、なぜか、

(ほっ)とした。

これが俺の部屋だと自負し、入り口の戸を開けっ放しにして、奥まで行って、窓を全開にした。

 むっとした風が一気に田んぼに面した窓から入り口まで通り抜けて行く。稲穂はまだ青さが残っていた。心地よい感覚であった。この部屋を操縦するのは手慣れたものだ。キッチンの電気は点いたままままだったので、消した。誰も消してくれる者はいない。

 まだ暑かった。やはり、名古屋はくそ暑い。

小四郎は扇風機を窓側に置き、強のボタンを押した。食卓代わりの炬燵テーブルに座ると、両手を後ろについた。

「ああ・・・」

小四郎は吐息を吐いた。田んぼからの自然の風と扇風機の風は部屋の中で入り乱れ、いつもと変わりない気持ち良さと不快さが混じり、小四郎はいつもの自分を取り戻した。

 小四郎は窓の外に目をやった。どんよりとした雲が漂い、滲み出た汗が一気に背中を流れた。

南の空が青かった。そして、その先はもっと青かった。青い光が散乱しているように見えた。二三度瞬きをし、目をこすった。もう一度目をやると、青い光は消えていた。


目があいた。

いつの間にか寝てしまったようだ。この暑い時間に寝てしまうのは、余程疲れていたのかもしれない。

もう薄闇が掛かっていた。

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