第二十一章  小四郎の悲しみ・・・

南小四郎警部は、座神の大森の家と五十嵐の家について、ほぼ調べは終わっていた。六十五年前の不可解な事件についても、より詳しく知ることとなった。六太郎の祖父大森五郎、その妻のやよい、真奈香の祖父五十嵐信幸、その長男の幸男、次男の信也の五人が死んだ。志摩では珍しく雪の降る夜だったらしい。状況からして、何者かに殺されたと判断されてもよかったのだが、警察の記録にはすべて事故死になっていた。それ以上の詳しい記述はなかった。

 「何があったんですか?」

 と、小四郎は、鳥羽北署の署長長の川口一郎に訊いた。訊いたが、小四郎は確かな答えが返って来るとは思っていない。それは、小四郎自身が座神という地区を知り過ぎるくらい知っていたからである。そして、

(あいつ・・・)

大森六太郎も生まれて育った所だったからである。

川口署長は苦笑している。同じように、小四郎も苦笑いをしている。

 「当時、担当した捜査関係者は退職し、すでに亡くなっています。たとえ生きていたとしても、記録されていること以外話さないでしょう。そういう場所・・・地区だったということです。また、その頃はそういう時代だったということです。いや・・・」

 と、川口署長は署長室の窓際に立ち、空の様子を眺めた。志摩の眩しいくらいの青い空に、二つ三つ白いふんわりとした雲が浮かんでいた。

 「ここでは、それ以上のことは分かりませんが・・・座神に行かれるといい。彼らが何処まで知っているのか分かりませんが、いろいろな噂は口伝えされているかも知れません。当時のことを知っている人は、何人か生き残っているんじゃないんですか。当時・・・どうですかね。十歳くらい子が歳をとり、座神という場所で生きて来ています。ふぅ・・・」

川口署長は深く息を吐き出した。

「その子たち・・・その人たちはそういう場所生きて来ています。あそこは、今も昔も少しも変わっていません。どこまで真実を知ることが出来るのか、保証し兼ねますがね」

 「勿論、行って見るつもりです」

と小四郎はまた苦笑した。苦笑する必要はなかったのだが、そういう場所だと知っているのに聞いた自分が可笑しかったのである。

 小四郎は、自分はこっちで生まれ育ったとは言っていない。署長は知っているのかも知れない。聞かない。気を使っているのか。それとも、南小四郎が志摩の生まれだということと、六十五年前の事件を聞きに、わざわざやって来たこととは全く関係ないに違いないと思い込み、聞く必要ないと決めていたのか。小四郎は署長の考えがよく読み取れなかった。小林を連れて来なくてよかった。こんな時、あいつは余計なことを聞きたがると思った。あいつを連れて来なかったのは、やはり正解だったと思っている。

 JRの鳥羽駅に着いたのは、午後二時前だった。すぐに鳥羽署に来たが、そんなに話し込んだとは思わなかったのだが、気が付くと八時を回っていた。こんな時間までわざわざ付き合ってくれた署長に礼を言って、鳥羽署を後にした。

 時間は遅かったが、鳥羽からタクシーで鵜方に足を延ばした。この休暇が、一日で終わるとは思っていなかったが、泊まるホテルの予約はしていなかった。土曜休日が終わったから、ホテルなり旅館は空いていると思っている。

 砂代の娘、孝子は行方不明者として、こっちに手配してある。署長には敢えて聞かなかった。里中洋蔵という化け物に連れ去られたと言っていいものか、小四郎は迷った。よくある行方不明者として手配した。だが、帰り際、川口署長が、

 「津田孝子という十歳の少女が行方不明者として通達が来ていますが、今度来られたことと何か関係があるんですか?」

 と聞いて来た。小四郎は、いやと首を振った。俺の気持ちを理解してくれたのだろうか、それ以上は、川口署長は聞いて来なかった。

 大森六太郎が起こした事件・・・今の所はそう言うしかないのだが、俺が担当しなかったら、小四郎は志摩に来ることはなかった。最後に、父死んだ時、二度と来るようなことはないと誓って、志摩を出た。

 (あの子・・・) 

 それにしても、六太郎の娘の智香、生きるという意思の強さに驚いている。彼女を初めて会ったのは、事件直後で、居間で母真奈香を抱き締めながら、気を失っていた。そんな状態でも、憔悴し切っているのは読み取れなかった。あんなことがなかったら、ごく普通の女の子として育ったのだろうか?

 小四郎はその考えを押し留めた。

 あの子の場合、そう、普通の生活を送って来たとは思えなかった。

(あの子は・・・何者だ?)

彼には答えを出すことは出来なかった。あの子は極めて普通の女の子だ。六太郎の妹の砂代がいた。その子の孝子と言う同世代の子がいる。他にも、近くに話し相手がいる。そして、他にもいくつもの要因が重なり、そのことが彼女の心に幸いしていた。しかし、何よりもあの子の運命というか宿命のようなものが、あの子を無理にでも、この世界に押し留めているような気が、小四郎にはした。

 今の彼には、それが何なのか分からない。 

 (なぜ、あの子に、こんなに惹かれているのか、俺には分からない。なぜ・・・あっ!)

 南小四郎は唇を噛み締めた。次第に強くなって行くのに気付いた。娘の恭子の顔が浮かんだのである。

 (あの子は、もう俺の手の届かない所に行ってしまっている。会えれば、会いたい。あの子の母親裕子から、もう会わないで下さいと言われている。)

 小四郎は体の中に虚しさを感じ、寂しくて泣きたくなる時間がある。

 (もう、だめなのかも・・・。人の親は・・・俺はあの子の気持ちをどこまで理解しているのだろうか?)

と思う。俺は恭子に親らしいことを、何一つしなかったか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る