第二十章 南小四郎が志摩へ・・・
「行って来る」
南小四郎は言い切った。女は男を見つめている。
「行って、やらなければならないことはいっぱいあるが、何よりもあの子のことが心配だ。」
女は頷いた。女は、北川育代である。小四郎は、なぜ智香のことが気になるのか、自分でも理解出来なかった。単に、六太郎の娘だからという理由からではない。
「あの子に、また会いたい」
育代の素直な気持ちだった。
小四郎は育代の目を見た。濁りのない良い目だと思った。刑事という職業柄、世の中に打ちひしがれてしまい、もうこれ以上耐えて行けないという悲しい目だったり、この世界に生きていて人としてやってはいけないことをやったのに、理屈を並べ、何とか刑罰を逃れようとする奴の目を見てきたが、この女のような目を見るのは久しぶりだった。
「ああ、そうだね」
小四郎はそれだけを言って、育代と別れた。
(俺も・・・)
と言いたかったのだが、言葉が詰まってしまい出て来なかった
大森六太郎が、なぜ妻の真奈香を・・・いや五十嵐真奈香を殺したのか、まだ何もわかっていなかった。小四郎自身、ここに事件を解くカギがあるとは思っていない。その六太郎も、考えられないような死に方をした。
(あの志摩には、あの頃から何かが潜んでいた!何かが・・・俺の気のせいなのかもしれない)
小四郎は十八歳まで過ごした志摩の嫌な時間を思い出そうとしていた。しかし、彼は、その回想を嫌った。
(まあ、いい。今はやめておこう。向こうに行けば、嫌が上でも思い出すだろう)
南小四郎警部は、座神の大森と五十嵐の家については、ほぼ調べは終わっていた。あの頃は、自分がいかに何も知らなかったという事実を思い知らされた。六十五年前に起こった不可解な事件について知ることとなった。もちろん小四郎の生まれる前に起こった事件だ。
小四郎は小林刑事を連れて行かなかった。私用ということで休暇届を出し、志摩に向かった。
里中洋蔵は英美を呼び出した。もはや、英美は洋蔵から逃げ出すことは出来なかった。英美に認識出来ているのか分からないが、もはや洋蔵の式神に近い存在なってしまっていた。人として認めていなかったのである。
「行け!あの子を呼んで来い」
英美の返事はない。ただ、黙って、洋蔵の傍から消えた。
南小四郎の胸の動揺を抑え切れなかった。
(もう帰ることはないと決めて、志摩を後にした。それが・・・)
志摩に嫌な思い出があるわけではなかった。
(ただ・・・)
志摩という古いままの地域が嫌いだった。
(今も、少しも変わっていないだろう・・・)
車窓からの景色は、彼の視界から後ろに流れて行った。しかし、明らかに志摩が近付いていると意識し出すと、志摩という得体の知れない化け物が、小四郎に襲い掛かって来た。十八歳まで過ごした日々が思い起こされて来た。何でもない日常だったと思う。
(何が・・・俺の気分を損ねた?)
小四郎には分からなかった。今はっきりしているのは、俺は、その志摩に向かっている、帰ろうとしているということである。
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