第十九章 ヤソとの再会・・・そして、卓と美和は志摩へ
ヤソによく似た少年が、庭にある躑躅の垣根の陰から顔を出しているのに気付いた。
「あの子は・・・あの子なの?でも、ちょっと違うようなきがするけど・・・」
と智香は首をひねった。彼女は、ヤソに似た少年に、
「あんた。まさか・・・。ねえ、こっちにおいで」
と声を掛けた。よく見ると、多気駅で、智香を見送ったヤソに似ている。
「あの子は、この間からちょくちょく遊びに来る子」
ぬいは皺のある口元を崩し、手招きをした。
「こんにちは、また遊びに来ました」
にこりと笑った顔には、彼女が知っているヤソとは全く違う姿だった。智香は一瞬ヤソじゃないのかなと思ったが、確かに似ていたのである。
そこで、
「ねえ、あなたは誰?ヤソでしょ?」
と聞いた。じっと、その少年を睨みながら、反応を窺った。
その少年はビクッと体を震わせた。少年は怖い目で睨む智香を見ない。それでも、少年は気を取り直して、背筋を伸ばした。でも、智香の目を見ようとはしなかった。
「僕は・・・」
といった後、にやりと笑い、下をペロリと出した。
「やっぱり」
ぬいには、智香とヤソの話し声は聞こえない。ぬいの目には、二人は気が合い、仲良く話しているようにしか見えたのか、
「智香様、お腹が空かれたでしょ。美味しいみそ汁をお造りしますから、少しお待ち下さい」
ぬいがいなくなると、智香は声の度合いを上げた。
「ねえ、あなたは、あの宮川を渡れないといっていたわね」
ヤソは真っ赤な舌をペロリと出した。
「あなた様の行く末を考えると、とても一人にしておけなかったのです。でも、僕は、真奈香様からあなたを見守るように言われていたのを思い出したのです。僕にとって、真奈香様は絶対なのです」
ヤソは極めて真顔だった。
智香には、母真奈香がヤソに何をしなさいと指示したのか分からなかった。今となっては、母真奈香と智香を繋ぐのは、ヤソだけだった。
「あなたに何が出来るの?」
「それは・・・」
ヤソは素早く智香の傍から離れた。
「ねえ、どうしたの?何処へ行くの?」
「智香様、またお会いしましょ。あなたの宿命の敵との最後の闘いは、もうすぐ始まります」
ヤソは、躑躅の垣根に小さな体を引っ込めた。消える気だった。
「待って!」
智香は躑躅の垣見を覗いたが、もうヤソの姿はなかった。
飯島卓と池内美和は、昼前に鵜方駅に着いた。
卓は智香の家を訪ねた時、叔母の砂代は、智香は一人で志摩に行ったと聞かされた。びっくりしたが、彼にはあり得ない智香の行動ではなかった。
(何も、一人で志摩にいかなくても・・・)
と卓は思ったのだ。一人で遠くに行ったことのない智香だ。彼女にとって大きな決断だったのだろう。一つ、彼には気がかりなことがあった。池内美和に知らせるか・・・迷った。結局、知らせた。
「私も行く。絶対に行く。私は行かなくてはいけないの」
と、美和の決意も固かった。
美和が、智香が心配なのは分かるが、絶対に行くと言い張るのはどういうことだ?卓には分からなかった。
「分かった、分かったよ、連れて行くよ」
一人の方が動き易い。美和がこんなに強情な美和を見たことがなかった。だめだと言っても、泣くという手が美和にはあった。洋蔵に連れて行かれた孝子が心配だったのかも知れない。
洋蔵と智香の闘いを見ているから、卓自身に何が出来るのか今は思いつかなかった。だが、怖気がるという気持ちはない。
どのバスに乗ったらいいのか、切符売り場の女性係員に聞いた。丸い顔がにこりと笑う。すぐに真顔になって、卓を睨み、その後ろに隠れるようにしている美和を不審な目を向けた。こっちは中学生だ、余計な小言でも言われるか、と思ったが、しぶしぶ教えてくれた。
三番乗り場の時刻表で次の時間を確認すると、二十分ほどの待ち時間があった。卓は駅前の様子を見回した。智香とは、一日遅れの行動だった。ここで、智香の姿を確認できるとは思わなかったが、少し期待する自分がいるのに、卓はちょっと驚いた。心、ここに在らずという気分だった。
それは、美和もおなじだった。ぶらりとロータリーの中に入ってしまい、キョロキョロと何かを探している様子に見えた。二人とも集中力がばらばらな精神状態だった。学校は夏休みに入っていて、おまけに今日は土曜日だった。ここまで乗って来た電車の中も混んでいたし、駅前も人の行き来が多いように見えた。それでも、名古屋駅前の混雑とは比べ物にならない。ロータリーの中には五六台の車が入り込み、このままここに止まるか、ここから出ようか迷っていた。
「馬鹿、邪魔だ」
キャッと悲鳴が上がる。卓には聞き慣れた美和の叫び声だった。その気付く前に、美和は卓に抱き着いて来た。もう一二秒ブレーキを踏むのが遅かったら、美和は間違いなく怪我をしていただろう。ロータリーの中だから、そんなにスピードを出していなかったことも幸いした。
卓は車のナンバープレートを見た。どうせ県外だろうと確かめたが、三重ナンバーだった。
「あんた、何処を見てんの?気をつけな」
車から降りて来たのは、丸顔でショートカットの可愛い女の子だった。運転していた男は怒った目で、卓と美和を睨み付けていた。
「すいません」
美和はまだ平静に戻れないのか、卓に抱き付いたままだった。
「見た感じ、ここのものではないようだけだ、もっと気を付けて歩きな。ここは田舎だけど、田舎には田舎なりの行動があるんだよ」
「有美、行くぞ」
有美と言う女の子は、まだ言い足りなかったようだが、男に向かって軽く手を上げ、急いで車に乗った。車体の下部部分には錆が出ていた白い車は、ロータリーから出ると西の方に行ってしまった。
「怖かった」
白い車が行ってしまうと、美和はやっと卓から離れた。卓の目はロータリーに注意を払っていたが、一台のバスを捉えた。
「おい、あれだ。バスが来た」
御座白浜
と、バスの行き先が出ていた。
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