第十四章  生まれた座神の伝説の顛末

吉佐は薬を飲まされ、崖から突き落とされます。途中に気が付き、吉佐は源治様の手首を掴むのです。吉佐にしてみれば、必死です。なかなか吉佐は掴んだ手を離さない。当たり前です。手を離すことは、死んでしまうことですから。荒れ狂う熊野灘の海に真っ逆さまに落ちてしまうのですから。

このままでは自分も崖から落ちてしまうと思い、源治様は自分の手首を掴んでいる吉佐の両方の手首から切り落としてしまったのです。吉佐はそのまま海の中に落ちて行ったのですが、残った吉佐の手首は源治様の手首からなかなか離れず、三日間源治様の手首にくっついたままだったといいます。

どうやっても吉佐の手は取れませんでした。最後には陰陽師に頼み込み、吉佐の手首を取り除くことが出来たのですが、源治様の両方の手首には、掴んでいた源治様の手首の処に、黒い痣のようなものが残ってしまったのです。

「あっ、そうそう・・・」

とぬいは言葉を切り、智香を見つめた。そして、また語り始めた。

吉佐には妻がいました。しの、といいました。この二人の間には、二人の子供がいて、二人とも男の子でした。しのは、この時の光景を見ていました。吉佐の手首が離れない源治様を見て、食って掛かって行きました。でも、しのも、結局その崖から落とされてしまったのです。ええ、二人の子供も同じように崖から放り投げられたようです。

「利右衛門という人は?」

智香は聞いた。

ぬいは言う。後で分かったというより、噂でその様子を隠れて見ていたようです。自分の手で弟を殺すことは出来なかったのでしょう。弟の惨めな様子を見るに忍びなかった・・・のかも。そう思いたいのです。でも、どうなるのか気になり、見に来ていたのでしょう。

「吉佐と、しの、そして、二人の子供の行方は・・・」

分かりません。近くの浜に遺体がたどり着いたという噂は聞かれなかったということです。ところで、吉佐の手首が取れたのはいいのですが、黒い痣が残ってしまいました。どす黒く、気味が悪い輝きがありました。時間が経っても黒い痣は消えず、余りの不気味さに陰陽師に見てもらうと、この痣には人の怨念が住み着いてしまったのだというのです。

陰陽師が、何があったのか、と聞いたそうです。もちろん、源治様は何があったのか言いませんでした。真実を言えるはずがありません。そうでしょう。人様に胸を張って言える行いではありませんから。陰陽師は、さらに言ったそうです。この怨念は、お前の長子の娘の片腕の手首に怨念として残る。何代も何代もこの怨念は続き、そうだな・・・と陰陽師は続けました、数百年後両腕に黒い痣の持つ娘が生まれるまで続くということでした。陰陽師は、さらに言ったそうです、その女子が生まれた時代が乱れていたなら、その女子が乱れた時代を救う救世主なると言ったそうです。この最後の占いの意味は、私には分かりません。ただ・・・」

こう言うと、ぬいは智香を悲しい目で見つめた。この十二歳の少女に信頼を寄せているようでもあり、その怨念にまみれた宿命を悲しんでいるようにも見えた。

「実際、座神の漁師たち・・・海賊たちを支配していたのは、吉佐でした。利右衛門様も源治様も、吉佐の人柄、人望を認めてみえたようです。だからこそ、お二人は余計に恐怖を感じていたのかもしれません。すぐに、この吉佐がいなくなったという事実は、みんなの知る処とはなりませんでした。誰かがその光景を見ていて、徐々にみんなに伝わって行ったというのではなく、初めは噂から始まり、次第に事実のようになったというのが本当のようです。

だからと言って、座神の人々はお二人を疑い、また責めはしませんでした。何かをやったという証拠がなかったのです。長い日が経過と、座神に吉佐という人がいたことさえ伝説になの、すべてが忘れられ、みんなの口に上ることはなかったのです。これ以上言ってはいけない真実として、座神のみんなも認めて、やがて伝説として残ることになってしまいました。

なぜかというと、吉佐と同じように、残ったお二人も奪い取った財宝を座神の人々に少しずつ分け与えていたからです。財宝の隠し場所は二人だけしか知りません。だから、お二人が死んでしまうと、その場所も永遠に分からなくなってしまいました。伝説では・・・いつの間にか、そうなってしまったのですか」

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