第九章  一矢と智香と青田ぬい 

「なぜ泣いている?」

飯島一矢は老婆の仕草が理解出来なかった。彼には老婆と智香の会話が聞こえていた。彼は、なぜこのようなことが出来るという疑問を持たない。この少年は、今の眼にする事実だけを信じている。

 (俺があいつに誘われるように、ここに来た。しかし、この前のようにあいつが俺を呼び寄せたのではない。無視し続けてもよかった。だが、俺の体と組み合ったときの、あいつの戸惑いが気になった。だから、自分の意志で動いたに過ぎない。後悔はない)

(ふん!)

不可解な気持ちに、抵抗すれば出来た。だが、しなかった。それは、あいつの存在に興味を持ってしまったからだ。それを、確かめるために俺は来た。

 「何処にいる!」

 一矢は呟いた。というより、あいつに語り掛けた。だが、今返事はない。

(いつもなら・・・)

というより、あの時はあいつと話した。なぜ、そんなことが出来るのか、俺には分からない。

 智香が老婆の肩を抱いて歩き始めた。老婆は憔悴仕切っているという歩き方ではない。

(何処へ行こうというのだ?)

一矢は二人に後をついて行くことにした。

 智香が老婆を抱き寄せ歩いて行く。一矢はそんな二人を見て、不思議な肌の温もりを感じていた。俺には・・・ないと思う。彼は、その感覚を振り払った。

(老婆と孫か!誰だ?)

一矢はこう思った。疑念ではない。しかし、その光景を目にしていた彼の体から、その感覚は消えなかった。そして、そう感じ続けることに可笑しさを抱いた。彼にも父母がいて、卓という弟がいた。

(俺は・・・)

あの人に・・・母に抱かれたという感覚はある。しかし・・・違う、と思った。何が・・・と自分に問う。その答えが浮かんで来ない。

一矢はしばらく思考をやめた。そして、

「ふっ」

と苦笑いを浮かべた。あいつ・・・洋蔵がこの近くにいるのは間違いない。俺の体の中に血が確かに感じ取っている。

「うっ!」

あいつの声が聞こえた。微かな声の響きだった。あいつが俺を呼んでいる。

(行くか・・・)

一矢は踵を反そうとした。そして、二三歩歩いたが、すぐに足を止めた。

「やめた」

一矢は老婆と智香の後を、もう少し追うことにした。


白虎と青龍は、ここで五郎太を取り逃がす気はなかった。

〈しつこい奴らだ。そろそろ決着をつける〉

五郎太は孝子が、彼の視界からいなくなったのに気づいていた。あの方は、いつでも探せる。俺の血とあの方の血は、根っこの方で確実に繋がっているのだから心配していない。しかし、今は、こいつらを何とかしなくてはならない。

(俺が本気を出せば・・・。よし・・・やるか!)

その瞬間、五郎太の体は真っ青な志摩の空間から消えた。

「おい!」

白虎は青龍に呼びかけた。

青龍の返事はない。

五郎太を追って、青龍も消えた。

「逃さぬ!」

白虎も消えた。

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