第四章 とにかく、母と父のことが知りたくて・・・
とにかく母の育った所が知りたくて、
(運命に呼び寄せられ・・・いや違う)
そんなに生易しい言葉では言い表せられない。里中洋蔵のいう宿命に導かれて志摩にやって来たのだ。自分が背負った宿命に誘われるままに、この志摩の地の・・・その先に行って見ようと智香は決めていた。そこに・・・何が待っているのか、彼女には分からない。
(怖い、怖くて仕方がない。あいつがいるから、猶更怖い)
すっごく怖い。でも、何が待っていようと、母の死そして父の死、あたいにも同じような死が待ち受けているかもしれない・・・彼女はその覚悟は出来ていた。
鵜方駅の前を走る道路の向こう側にはファミリーマートがある。彼女は横断歩道を渡りファミリーマートの中を外から中を覗いた。
七、八人の客がいて、雑誌を持ってパラパラとめくっている人や、パンとか飲み物の棚を見たりして、店内を回っている人がいた。考えれば彼女はコンビニに入ったことがなかった。真奈香がそれを許さなかったのではない。智香が母の傍を離れようとしなかったのである。母の傍にいて、ずっと甘えていたかったのである。
そんなこともあって、母真奈香は智香を一人で何も知らない未知世界に行かされた・・・平安の世の生活は・・・確かに、そこでは智香をこの上なく成長させた。喜一方眼と出会い、剣を学んだ。そして、飯島一矢への恋心の芽生え・・・充実した一年だった。だが、今のこの世界でのことは何一つ知りうることはなかった。帰って来て、彼女はまた母に対しての甘えが生まれた。そして、母真奈香が父六太郎に殺されるという場面を眼にしまうことになる。そういう面では現状・・・何も解決していなかった。
だから、彼女には、その七、八人の人間が怖く感じ、コンビニの中に入れなかった。
智香はふぅっと軽い溜息を吐いた後、空を見上げ歩き始めた。きっと真奈香も何度もこの空を見上げたに違いない。
見上げていて首が痛くなると、真っ直ぐ前を見、鵜方の町のどことなくうら寂しい道路を歩いた。そして、また空を見上げる。
智香は何度も空に目を奪われた。志摩の太陽の心地良い輝きの圧迫感と親近感は、名古屋とは比べ物にならないくらい強く身近に感じた。
この相反する感覚が、智香には気持ち良かった。目を細めたくなる強い輝きは、目には耐えられない。しかし、その瞬間の痛みが、彼女にはやはり心地よかった。この志摩の大地を思いっ切り走り抜けたい衝動に駆られた。胸が弾け散るほどの嬉しい気持ちを抑えることが出来ない。
智香は今鵜方駅の前の道を西に向かって歩いているが、道路標識の案内図から、賢島に向かっているようだった。彼女自身じれったく感じるほどゆっくり歩いていた。この志摩の地の感触をじっくり味わっている。
この時、前から智香と同じくらいの歳の少女が三人自転車に乗り、歩道を三列に並んで向かって来るのに気付いた。
智香は立ち止まり、歩道の端に寄った。擦れ違う時、一人の少女と目が合った。髪が短く、顔が小さくて、何よりもっと小さくて可愛い耳がとても印象的だった。三人が行ってしまうと、智香は振り返った。すると、あの髪の短い少女も自転車を止め、智香の方を見ていた。
少女の口が動いていた。何かを言っているようだったが、聞こえるような距離ではなかったこともあり、何を言っているのか分からなかった。
智香は前を向き、また歩き出した。賢島に向かっているこの町の様子は、智香が住む名古屋とそれ程変わらない。智香はちょっと不快な気分になったが、それを振り払いたかったいのか、また空に目をやった。そして、また下に目を落した。ここは・・・目の中に入る全てが母真奈香の生まれ育った志摩だった。でも・・・
「あっ」
と智香は叫んだ。一瞬見覚えのある少女と少年が並んで歩いているのが見えたのだ。卓君、美和ちゃん・・・だが、その絵はすぐに消えた。
(ごめん・・・私が、この志摩の何処かに海賊の宝物があるの、探しに行かない?)
と言わなかったら・・・彼女は呟いた。
道路標識にある賢島という案内に沿い、彼女はさらに歩いて行く。田舎風の街並みの住宅が消えると、森林や田畑に変わった。しかし、山並みの高低も少なく、田畑の面積も本当に小さかった。電車の中から時々海は見えたが、鵜方に着いてからは、まだ海は見ていなかった。この景色の中で母真奈香が育ったとは思わなかった。
ここは、座神ではない。多分、宝物はそこにあるに違いない。でも、彼女には全然興味がなかった。卓君と美和ちゃんに財宝のことを言ったのは、一人で志摩に行くのが怖かったからかもしれない。なのに、智香は一人で・・・志摩に来た。
志摩の海が見たいと智香は漠然と思った。座神の海が見たい。その香りを早く嗅ぎたい・・・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます