第二章 志摩の入り口・・・鵜方に着く

大森智香しか乗っていない列車は、三重県志摩地方の鵜方駅に着いた。


名古屋から志摩半島までは私鉄の近鉄とJRの二路線がある。近鉄は鳥羽から賢島と続き、JRは本来鳥羽までである。

智香は多気駅で乗り換えた。ヤソが呼び寄せた列車に乗り、途中の駅には止まらずに鵜方に着いた。多気駅を出てからしばらくは、それまでの風景と変わらなかった。というより、景色を見るというような空間ではなかった。彼女は空を飛んでいるような気分になっていた。実際、智香かの乗った列車は、時空と言う空間を飛んでいたのだ。

その間、うつらうつらの気分だった。正直はっきりとは覚えていない。ただ,延々とつづく青い空かあるのだけははっきりと覚えている。

智香はその青い空を見上げた。いつまで見ていても、目映い青い空はあきない。

「きれい!」

あの空の下に,

(お母様とお父様の生まれ育ったところ・・・)

いや、母真奈香と父六太郎とがともに生きたところだった。智香はそこで何があったのか知らない。

智香は列車から降りた。名古屋から多気駅まで乗って来た列車とは全く違う形の列車が止まっていた。

かなり変わっている列車だった。

(何なの!)

しかし、彼女にはそんなことはどうでも良く、今真奈香の生まれ育った志摩の地に立っていることが、とっても嬉しかった。

それに、体の奥の方から湧き出る興奮を抑えることが出来なかった。

(ワッ・・・)

 智香は大きく息を吸い込んだ。すっと心の中が洗い流されていくような快い気持ちになった。

また、空に目が向いた。彼女が家から南の空を眺めると、何度も眼にした青い空が、そこにあった。その青い空が、ここ志摩の地に続いていたのである。そう思うと、言葉にできない心の喜びと驚きを抱かないではいられなかった。

多気駅と同じように、ここでも今は使用されていないと思われるホームに着いた。彼女は列車から降りると、別のホームの方を見ると、近鉄の特急がついてばかりのようだった。今日は木曜日だったが、次から次へと乗客が降りて来ていた。

その誰もが、使われていない古いホームの方に、不思議な光景でも見るように視線を向けている。そこに、一人で佇む少女を見ているようにはみえなかった。彼らの目には、ひょっとして彼女の姿が見えていないようにも見えた。

(そんなことを・・・)

智香は思ったりもした。

彼女は列車から降りる前に後ろの方を見たが、やはり車掌はいなかった。多気駅を出る前に、ヤソ少年は多気で彼女を一人残して、列車から降りてしまっていたのだ。

彼女は改札口から駅の外に出た。特急の止まる駅だったが、それほど大きな駅ではなかった。終点は、次の賢島駅なのだ。

鵜方駅の前は小さなロータリーになっていて、駅の前を走る道路を挟んでファミリーマートが見えた。ロータリーにはバスはもとより駅までの送り迎えの車が時々入って来ては、人を降していた。智香と同じくらいの子供が駅の周りをぶらついていた。

(そうか、学校は・・・もう夏休みになっていたんだ)

智香はそんなことを思い出した。智香は、卓や美和のことを考えた。二人のことはずっと胸に引っ掛かっていたのである。二人には何も言わずに、智香はここにやって来た。志摩に行くと言っても反対はしなかったと思うが,相談すれば、二人とも同じに行くというに違いなかった。それがたまらなくいやだったから、黙って来たのだった。それに孝子のことも気がかりだったのである。どんなことをしてでも、孝子をあの五郎太という得体の知れない化け物から救い出したかったのである

この時、彼女は

「ウッ!」

と声を上げた。

「また・・・!」

言葉を吐き捨てた。

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