恋と冒険には筋肉が必要
(KAC20235 お題は「筋肉」)
(前回までのあらすじ)
本屋で唐突にぼくの恋と冒険ははじまった。
美少女が悪魔をやっつけたり、ぼくが死にそうになったり、ぬいぐるみに治癒してもらったり、深夜の世界にスリップしたり、虎口に入ったり……。
なにがなんだかわからないことだらけで、謎はひとつも解決されない。なにより悩ましいのは、悪魔の残骸をどうにか片づけなきゃ……ということだったりするのだ。
* * *
帰ってきた。元の世界に。
なんの変哲もない、本屋の洋書コーナーに。
今日は学校帰りにちょっと問題集でも買おっかなぁなんて優等生ぶった出来心で本屋に来ただけなのに、美少女に出会って言葉を交わして、あまつさえ触れ合うことさえできちゃうなんて、えへへ、ラッキーな日だったな。まあちょっとはたいへんなこともあったけどさ。
……さ、帰ろっか。
ぼくは前向きな男だ。
前しか見ない。
後ろなんて見ない。
だって、後ろには、悪魔らしきモノの残骸が、なまなましく残ってるんだもーん。
そして上だって見ないのだ。
だって、上は上で、天井にワームホールが開いてるんだもん。
深夜の世界から元のここへと、ワームホールはぼくを運んでくれた。ぼく的にはそれで用は済んだんだけど、こいつはずっとここに居坐っている。まだ何か吐き出そうというのか、それともこの世界のなにかを飲みこむ気なのか、そこんところはわからない。
わからないことは追及しない。きりがないからね。
だからぜんぶ放っぽり出して、帰っちゃっていいかな。いいよね。だめ?
ここで思い浮かぶのは、あの子の顔だ。
名前も知らない美少女。とびっきりの美少女なんだけど、その姿がぼくの心を癒してくれるかっていうと……残念ながら答えはノー。それどころかメデューサばりの威圧感。そんな彼女の、威圧感たっぷりの言葉が脳内再生された。
「掃除は済ませたんでしょうね、とうぜん」
ぼくの足は止まってしまう。
まわれ右して、すごすご戻らざるを得ないよね――悪魔の残骸の待つとこへ。
もう腹をくくるしかない。
ぼくはおもいっきり息を吸いこんで、それから息を止めて、それを両手でつかんだ。むにゅ、っとやわらかい手応え。なんかやだ。血が乾いてるのがほんのちょっとだけ救いだ。
つかんだはいいけど、持ち上がらない。大き過ぎるんだよだいたい。こんなの持ち上げようと思ったら、もっとムキムキ筋肉質でなきゃぜったいむり。というか、人類の体じゃむり。
どっかでクマが、くすりと笑った気がした。ぬいぐるみの、ふざけたクマだ。
「筋肉質になればいいのね?」
頭のすみっこの方からクマの言葉が聞こえると、一瞬でぼくの体はとんでもないムキムキに育った。
……もうね。マッチョな全身隈なくつかってため息ついちゃったね。
もちろんおどろいた。おどろいたけど、正直言ってもう、おどろくのに疲れちゃってもいたんだよな。
つまり……、こんどはこれかよ――っていうため息。
まあ、そこはおとなしく受け容れ、話を前へすすめることにしよう。
いまのぼくはもしかしたら人類最強だ。なにしろ見たこともないようなムッキムキの体になっている。悪魔の肉片なんてかるがる持ち上げちゃう。
さて持ち上げたはいいけれど、これどうする? ……とまわりを見まわしたら、目についたのはワームホール。まだいたんだこいつ。
ちょうどいいやと抛りこんでみる。するとワームホールの奴はしゅるんとそいつを飲みこんで、一瞬で肉片は姿を消した。こいつはいいや。
つぎつぎ肉片を抛りこむ。その都度ワームホールはしゅるんと飲みこむ。どこの時空につながってるのかは知らない。厄介を押しつけるようで、ほんのちょっと罪悪感を感じなくもない。
だから最後の肉片に願をかけておこう。どこにどうつながってるのかわからないけど、きみの行く末に幸あれ。できれば行った先でだれにも迷惑かけないでね。
(おわり ・・・ まだ続きそうです)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます