恋と冒険は深夜の散歩で進展する

(KAC20234 お題は「深夜の散歩で起きた出来事」)




(前回までのあらすじ)

 本屋で一目ぼれした美少女にふらふらついていったぼくは、洋書コーナーでとつぜん現れた化け物に襲われた。瀕死のぼくは、なんだかよくわからないまま、ぬいぐるみのクマと契約することに。一方、美少女は化け物をやっつけて、さっさと帰ってしまった。

 残されたのは、化け物の残骸とぼく。ここのあと片づけって、やっぱりぼくがやらないといけないの?



  * * *



 目下、ぼくの前にはいくつもの謎が解決されないまま横たわっている。

 あの美少女は何者なんだろう?

 さっきの戦いはなんだったんだろう?

 ぬいぐるみとの契約も結局なかみは知らないままだ。


 そしてぼくの背後には、厄介なモノが放置されている。

 悪魔とかいう奴の切り刻まれた残骸だ。

 なんでこいつがぼくの後ろにいるかっていうと、ぼくが顔をそむけているからだ。

 見たくないからだ。

 だって見たら、トラウマになりそうなほどぐちゃぐちゃだからだ!


 なのにこいつを片づけろって、むちゃなミッション押しつけられて、ぼくは途方に暮れている。

 散らかしたらお片づけしなさいとか子供のころから言われてきたけどさ。これはないよね。

 せめて掃除道具ぐらいあればいいんだけど、ざっと見まわしてみても、やっぱりない。っていうか、いま見ちゃった、例の残骸!

 うぷっ。

 あわてて口を押さえる。セーーーーフ。

 でも立ってらんないよう。


 ふらふらっとたたらを踏んで、書棚に手をついてしまう。

 手に触れたのは、まっくろな背表紙の本。さっきも別のやつに触ったなあ。


 と思った瞬間、視界が暗転。がつんと後頭部を殴られたような衝撃におもわず目をつぶって、つぎ目をあけると、ぼくは夜の世界に立っていた。

 ぼく……やっちゃった?



 そこはまさに夜の世界。

 あたりはまっくら。上を見ると、空には月がかかっている――ふたつ。

 森のなかなんだろうか。街の灯りも、人の気配もまったくない。

 手さぐりすると、枝や葉っぱみたいなのに触れる。本屋とは縁もゆかりもなさそうだ。じゃあどうやって戻ればいいんだろう。こうなると悪魔のバラバラ死体さえなつかしいぞ。いやそれは言い過ぎか。でもとにかく、なんでも悔い改めるからどうか元の本屋に戻してください神さまあっ。


 ……神さまはお留守のようだった。

 仕方ないから歩きだす。

 歩くだけじゃ済まなくなったのはその直後。


 ぼくって(悪い意味で)と思うのは、こんなときだ。


 なにかやわらかなモノを踏んだんだ。

 ぐるるる、って低い声がする。なまあたたかい息が、足にかかる。

 そいつがなんなのかはわからないけど、でもぜったいダメなやつだ。


 走れっ。

 ぼくは逃げた、全速力で、うしろを振りかえらないで、右も左もまっくらで足もとなんか見えちゃいないしどこへ向かってるのか皆目見当つかないけれど、とにかく走った。もう駆けに駆けまくった。心臓なんかいつ破裂したっておかしくないね。


 もう限界ってとき、ぼくはなにかとぶつかったんだ。華奢ななにかと。

 はずみでぼくは倒れてしまう。

 ついでに華奢ななにかをも吹っ飛ばしちゃったみたいで、草の上にばさあっと倒れる音がした。



「……さいあく」

 聞こえてきたのは、覚えのある声だった。氷った真珠みたいに、つめたくもうつくしい。不機嫌っぷりも健在というか、過去最大級かも。

 ふたつの月が、立ち上がった彼女を照らす。月あかりの下でも惚れ惚れしちゃう、近寄りがたいほどの美少女だ。

「どうしてあんたがここにいるのよ?」

 それは聞かないで。ぼく自身、わかってないんだから。

「き、きみはどうして?」

 答える代わりに質問で返すぞ。

「散歩よ。見たらわかるでしょ」

 それだけ言うのもめんどくさいって顔。うしろから追ってきていたケモノっぽいやつが、音もさせずにぼくを追い越し、彼女の胸に鼻を寄せた。彼女はその頭をなでてやる。

「トラ?」

 それは大きな、彼女の肩ほどまでもある大きなトラだった。トラって奴は夜行性だからね、深夜の散歩も納得……って、ならない。ならないよ。

 ぼくの当惑なんか知ったこっちゃないって風に彼女はさっさと背を向け、去っていく。トラがそのあとをついていく。ぼくだけ取り残される。ふたつの月が森を照らす。


「どーでもいいけど、ここにずっといたら、あんた死ぬわよ」

 彼女の言葉に、はっと我に返って、あわててうしろを追っかけた。横にならんで歩きだすと、彼女はぼくを見ないでつづけた。

「どうせ魔書を触ったんでしょ、

「わざとじゃないんだよ。ほら、あの悪魔の残骸があまりに――」

「掃除は済ませたんでしょうね、とうぜん」

 ぴしゃりと彼女が問う。「まだ」なんてとても言える空気じゃない。ぼくの背中を冷や汗が流れる。


「でも、ついさっきまで夕方だったのに、どうしていまは真夜中なんだろう?」

 五歩すすんだあとやっと絞り出したセリフがこれだ。なにが「でも」だか自分でもわかんないけど、とにかく話題を変えるんだ。

「時空がちがうからよ」

「時空?」

 問い返しても、彼女は答えない。さっさと歩いていく。足もとで草が鳴る。森からケモノたちのささやき声が聞こえる。

 ぼくの心臓はさっきからどきどき高鳴ってるけど、美少女とならんで歩いてるからなのか、掃除の追及をおそれているのか、それともトラがこわいのか、わからない。


 やがて樹々が途切れて、ちょっとした広場に出た。

「ここから帰って。元の場所に戻れるはずよ」

 と彼女が指さした先には、とんでもない大きさのトラがいた。ぼくの身長の倍ぐらい。そいつがかぱっと口をあける。その口を、彼女の指はさしている。

「あそこ?」

 ぼくはためらう。

「早く」

 彼女は短く吐きすてる。

「あの子の喉がワームホールになってるのよ。もう、理屈なんかわからなくってもいいから、早く行って。この時空でのたれ死にたくないでしょ?」

 問答無用って迫力だ。ぼくは虎口に飛び込むしかないみたい。


 すごい圧を背中に感じながら近づいていくと、トラの口はますます大きくなった。目をつぶって、息を大きく吸って一歩前へ、ってとこで彼女の声が追ってきた。

「あ。ここで会ったこと、ベアトリーチェにはないしょよ。わかったわね?」


 ぼくは了解の合図に手を振った。

 ないしょ。

 いい響きだなあ。

 美少女と秘密の共有。これを心の支えに、ぼくは生きていくんだ。

 たとえ化け物掃除の難題が、ぼくの前に待ち受けていようとも。

 たとえなにひとつ謎が解決されていなくとも。

 ……というか、謎は増える一方なんだよね。


 ぐるるるる、という声が聞こえた。

 うしろからまえへと風が吹いた。

 再び暗転。




(おわり ・・・ どうせまた続くんだろ?と思われてるでしょうが、保証の限りではありません)


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