恋と冒険はぬいぐるみがアシストしてくれる!

(KAC20232 お題は「ぬいぐるみ」)




(前回のあらすじ)

 本屋で一目ぼれした美少女にふらふらついていったぼくは、洋書コーナーでとつぜん現れた化け物に襲われた。美少女が凛々しく雄々しく応戦するのを、ぼくは瀕死になって見惚れてる。

 これって現実なんだろうか?

 ぼく、生きて帰れるの?



 * * *



 目がかすむ。血は流れつづけている。意識が遠のいていく。

 まだ戦いは続いてる。なんでわかるかって言うと、すんごい音と振動が伝わるから。

 いよいよまずいような気がするなあ。

 ……ってのんびり言ってる場合じゃないとはわかっちゃいるけど、じつは考える気力もなくなりかけてるんだな。

 限界だよもう。目をとじてもいい?


 そのときだった。

 あと一秒でまぶたが落ちるって寸前のちょっとの隙間から、ひょこひょここっちへ歩いてくるモノを見たのは。

 ぼくは目をうたがったね。おもわず二度見しちゃったよ。

 ぜったいぜったいあり得ない。

 まあそれを言ったら、本屋に化け物があらわれて、いきなり美少女とバトルがはじまるってのがもうあり得ないんだけどさ。



 なにを見たんだと思う?



 …………クマだった。

 それもけっこうファンシーなクマ。

 ピンク色でさ。

 口もとが笑ってんの。

 それがとことこやってくる。


 もうね、絶望感に押しつぶされそうだよ。

 だってあんまりじゃないですか。

 いきなり問答無用で吹っ飛ばされて、なんにもわからず死んでいくってだけでも理不尽なところに、それを見届けるのがあんなふざけたおもちゃのぬいぐるみだなんて。

 死ぬならせめて、シリアスに死なせてほしいな。


 こんな最期はいやだ。

 死にたくないって強い意志が、ぼく史上たぶん最高のレベルに達した。


 くゎっと目を見ひらく。

 するとそこに、やっぱりあのふざけたぬいぐるみがいるのだ。しかも、どアップで。しかもしかも、あろうことか、瀕死のぼくの肩に手を置いて、しゃべりやがったのだ。

「うっわあ、すごいけが。かあいそうにねえ」

 シリアスのかけらもない。ぼくは運命を呪ったね。ぬいぐるみがめちゃキュートな声してるのまで呪わしい。

「災難だったねえ。痛い? 痛いよねえ?」

 のんびりのんきな調子なんだ。そんでやっぱり声はキュート。


 間近で見て、あらためてぼくは確信した。

 まちがいなく、ぬいぐるみだ。

 もこもこの、ふわふわの、どっかのおもちゃ屋に置かれてそうな、ぬいぐるみのクマだ。

 クマのうしろで、美少女と化け物の戦いはつづいている。化け物は腕を半分ぐらいは斬り落とされて、でも少女の方も肩で息して、どっちが追い詰められてるんだかわからない。

「あ、あの子ならだいじょうぶ。あんな三流の悪魔なんか目じゃないって。骨の二三本ぐらいは折っちゃうかもしんないけど、気にしない気にしなぁい」

 ぬいぐるみはちらっとうしろに目をやって、あははと笑う。

「それよりきみ、このままじゃ死んじゃうよ? どうする?」

 どうするって、どうしたらいいってんだよ? さっき死にたくないって強く念じた思いも、おもいっきり脱力させられて、いまは声出す力さえ残っちゃいない。


 ぐったりしているぼくを見て埒が明かないと思ったのか、ぬいぐるみはぼくを放って、美少女の方に話しかけた。

「ねえ。この子死んじゃいそうよ。どうするー?」

 話しかけられた美少女は、決死のバトルのまっさいちゅうだ。化け物の硬い甲羅みたいなのに剣をなんどもなんども叩きつけている。

「知らないわよ。いま。あとにして!」

「うっわ、つめたぁい。ねえ、あんなこと言ってるよ? つめたいよねえ」

 そう言うぬいぐるみのやつだってぜんぜん他人事なんだけど。死ぬとかなんとかまるで「遅刻するよ」ってぐらいの軽さのノリで、切迫感まったくないし。あの子はぼくの生死を「それどころじゃない」で済ませちゃうし。

 もういいんだ。もう目をとじてもいいかな? 人生を終えるにあたって、最後残された時間をぬいぐるみの相手してあげてつぶすなんて、ぼくってお人好しだよなあ。


 でもぼくの誠意はぬいぐるみには伝わらなかったらしくって、最後にこんな声が聞こえてきた。どこまでものんびりキュートな声色で。

「あ、待って待って。ひどぉい、まだあたし話してるのにい。そんな子には、こうだっ」

 それからぬいぐるみのもふもふが、ぼくの手を握った。その手ざわりは想像どおりのふわふわで、肉球なんてなくって、ちょっとこそばったい。


 なにが起こったのかわからなかった。

 いや、まあ、なにが起こったかはわかるんだ。つまり、わけわかんないってことだよ。


 まず、ぬいぐるみの握ったところが、ぽおっと光った。

 そんで次の瞬間、ぼくの目はぱっちり開いて、おまけにからだは元気いっぱい、勝手に起き上がってさえいたんだ。いまのいままで、もうだめだ、死ぬって言ってたぼくがだよ。わけわかんないだろ?


「なんだこれ? いったいなにがどうしてこうなったの!?」

 混乱して、こんなことしか言えない。

 もうなにが起ころうがおどろかないつもりでいたけどさ、これまで学んできた常識がこの10分ばかりで片っぱしから崩れて落ちて、もうなにを信じりゃいいのかわかんない。


「知らないの? ぬいぐるみって、癒し効果があるのよ? 医学的にも証明されてて、論文が何本も出てるんだから。ひとつ読んであげてもいいけど、きみに理解できるかなぁ?」

 鼻高々にぬいぐるみが言った。

 癒しで済むことじゃないよね、これ? だいたい癒しったってたぶんこんなべらぼうな奇跡は、医学論文になるテーマじゃないと思うな。

 ……まあそんな指摘はいまはどうだっていいや。

 ぼくは助かったの? 生きてていいの? よろこびに涙がこぼれそうになる。でもこの世には、って言葉があるんだ。


「ごめんねえ、効果は5分だけなの。5分過ぎたらきみ死んじゃうから、手っ取りばやく確認するね。きみ、あたしと契約しない?」




 ……そうしてぼくは、ぬいぐるみと契約することになった。ファンシーなぬいぐるみのクマとだ。契約条件なんてろくに聞いちゃいない。だってこいつときたら、契約書を序文のとこからながなが読み上げだすんだもん。もうすこしで5分のタイムリミットを過ぎるとこだった。

 途中で切り上げさせて、ソッコーで契約するしかないじゃないか。

 家でも学校でも「安易に契約しちゃだめ」って教えられてきたけれど、現実は甘くないよ。


 とにかく、契約のおかげでぼくは、さっきやられたのが夢か幻だったみたいに蘇生していまはぴんぴんしている。

 美少女はあの化け物をようやく仕留めたみたいだ。頬をながれる汗がうつくしくって見惚れちゃう。生きているってすばらしい。

 このいきおいで恋がはじまっちゃったりして。そうなったらいいなあ。


 ぬいぐるみとの契約は……いまは考えないことにしよう。うん、そうしよう。




(おわり ・・・ 続かないはずです)


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