白夢堂 〜どんな本でも取り揃えております〜

遊多

白夢堂 〜どんな本でも取り揃えております〜

 人の溢れる繁華街から離れた山奥の寂れた神社。

 そこに我々は白夢堂という、小さな本屋を構えております。


「……すみません……」


 そんな五十年以上続く我が本屋には、ときおり悩みを持ったお客様ばかりがいらっしゃいます。

 今日のお客様は、丸眼鏡に青白く薄い肌。指のマメを見るに一生を勉学に捧げてきたようですが、おかげか女遊びの経験は無いようで。


「いらっしゃい。どんなご用で」


「その、四葉商事……って大企業なのですが、その……」


 お客様は口をパクパクと動かしながら、口ごもっております。


「就職の絶対成功マニュアル……みたいなのって、ありますでしょうか!」


 しかしそれも束の間。意を決したのか、悩みを打ち明けてくださりました。


「ああ……それなら去年のものですが。左奥の就職本棚にございます」


 私が指をさした先に足を運んだお客様が、惹かれるように革の厚い本を手に取ります。

 そしてパラパラと頁をめくるたび、眼鏡越しの細い目を大きく開いてゆきました。


「……本当だったのか、本屋の噂。テストの解答はおろか、面接官ごとの対策も書いてある!」


「当然でございます。なにせ白夢堂は」


 どんな本も取り揃えておりますので。


〜〜〜〜〜〜


 あれからお客様は常連様になりました。

 その度、抱かれたお悩みを解決されました。


「本当に凄いです、最高すぎます!」


「ありがたき幸せにございます」


 お客様のお悩みを解決することこそ、我々の本懐でごさいますから。


「ところで……もうお悩みはございませんか?」


「あ、はい、おかげさまで。就活も資格も上手くいって、彼女まで出来て……」


「それは何より」


 すっかり明るくなったお客様に、私は手を合わせます。


「では、お代を頂戴いたします」


「えっ?」


 お代は金などにはございません。

 生まれより蓄積された、知識でございます。


「今までそんなの無かっ……ヒィ!?」


 悩みの煤が消えた骨は、文字をよく映す白い紙に。

 血肉は文字に、腸は栞紐しおりひもに。

 幾多もの人生を知識に分け、本へ、また本へと吸い込まれてゆきます。


「ありがとうございました」


 再び座布団に座ると、扉の鈴が鳴ります。


「すみませ〜ん。四葉商事の就活対策本って置いてますか?」


 今日も新たなお客様がいらっしゃいました。


「ああ……それなら今年のものが、左奥の就職本棚にございます」


 何せ白夢堂は、どんな本でも取り揃えていますから。

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