第21話 久美子の兄
「ただいま~」
久美子が家に帰宅すると、顔は終始笑顔で声も自然と弾んでいた。
「久美帰ったの? おやつにプリンあるわよ」
「ほんとう! 後で食べるね♪」
母親の声が食卓から聞こえた。家族や親しい友人からは「久美」と呼ばれている。
久美子は軽やかな足取りで階段を上がった。
家についたら大好きなプリンが用意されていた。それはなんてことのない細やかな幸運だった。しかし、久美子はもしかしたらこれは杉戸がくれた綺麗な石のおかげかもしれないと考えた。
久美子は廊下を歩きながら、鼻歌を歌っていた。すると、目の前のドアが開いて出てきた男性とぶつかってしまった。
「キャッ!」
「久美、大丈夫か?」
「お兄ちゃん、急に出てきたらダメでしょ」
男性は久美子の兄、須磨 道次だった。年齢は久美子より三つ上で、ぼさぼさに伸びた前髪で両目も隠れていた。
「……ごめんな」
道次は小さな声で謝罪し、背中を向けた。
「お兄ちゃん、学校に行かないの?」
と久美子が勇気を出して尋ねると、道次は返答せずに一階に下りていった。すぐにドアが開く音がした。
久美子は道次がトイレに行ったのだろうと推測した。道次が部屋から出るのは、トイレか食事を取りに行くときぐらいだった。
今は両親も道次の状態を理解しており、夕食時は彼だけに別途食事を用意していた。
久美子は、この状態が永遠に続くわけではないと思っていた。ただ、道次が早く立ち直ってくれることを願っていた。
「早く立ち直ってくれるといいんだけど……」
そう久美子はつぶやきながら、部屋に入った。道次のことは嫌いではなく、むしろ大好きな兄だった。
彼女は心配しているけれども、毛嫌いしているわけではなかった。道次なら、いずれ立ち直ってくれるに違いないと、久美子は思った。
道次はトイレから出た後、自分の部屋に戻ろうとした。母と目が合ったが、何か言いたそうな様子だった。
だが道次は母の視線から逃げるように階段を上がり、自分の部屋に戻った。自分がどう思われているかと考えると居たたまれなくなったのだ。
「これは――」
ふと、部屋の前に綺麗な石が落ちているのに気づいた。道次は自分のものではないと感じ、ぶつかった時に妹の久美子が落としたのかもしれないと考えた。
本来なら妹に返すべきだったが、道次は何かその石が気になってしまい、持ったまま部屋に戻ってしまった。
「見たこともない石だ。綺麗だけど――」
と道次はついつい石を覗き込んでしまった。すると、内部では光の帯が複雑に絡み合ってうごめいていた。
「待て、何でこの部屋で光が?」
道次の部屋はカーテンで締め切っているため薄暗く、今はパソコンもスタンバイ状態で光が入り込む余地はなかった。
通常この手の現象は外からの光を受けることで発生するはずだが、それがない以上、この石そのものが中で光を発していることになる。
ただの石にそんなことが可能なのか? と思考する。そこで道次は、これは石に見える機械的な何かかもしれないと仮説を立てた。
問題は、一体何の目的で、ということだが、しかし、そんなことをウダウダ考えていても仕方ない。
道次は机の中からハンマーを一本取り出した。本来は工作で使用するようなものだが、道次はそれを石めがけて振り下ろした。
バキッと音がしたが、一撃では割れなかった。しかし、確認すると石の表面に罅が入っていた。
「これなら――」
道次は更に一発、二発とハンマーで叩いた。そして、三発目を振り下ろしたその時、パリィイィインと音がして石が砕けた。
――魔石の破壊による経験値獲得。
――貴方はレベルアップしました。
――レベルアップに伴いステータスが付与されます。
――ステータスに合わせ肉体が再構築されます。
――【ナビ】発動。
――ステータスと発することでステータスの確認が可能となります。
「――嘘だろう? 頭に直接声が……」
石が破壊されたことで道次の脳内に声が響いた。その事に目を白黒させ言葉を失う道次であった――
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