第20話 先輩

「くそ。なんなんだあいつ。急にあんな動きが出来るなんて絶対おかしいだろう!」

 

 杉戸が立ち去った後、柔剛は怒りに任せて叫び地団駄を踏んでいた。


 自慢だった柔道の技術も全く通じず苛立ちが収まらないのだろう。


「本当におかしすぎですよ。絶対何か卑怯な真似したに違いない!」


 出歯口も柔剛と一緒になって杉戸の文句を言った。出歯口からみても杉戸の動きは異様だった。これまで少なくとも喧嘩においては自分にも劣ると出歯口は考えていた。


 しかし急に別人のような動きを見せた。密かに鍛えていたという可能性もなくはないが、それにしてもついこの間までは弱弱しく頼りない存在でしかなかったのだ。


 常識的に考えてあり得ない――小学生の頭でもそれぐらいは理解出来た。


「だとして、卑怯な真似って一体何だ?」


 そう柔剛が尋ねると、出歯口は戸惑いながらも頭に思いついたことをそのまま口にする。


「え? えっと、それは、そ、そうだ、ドーピングですよ! 僕も聞いたことありますからね。ドーピングすれば何か凄いって!」

と、彼は答えた。


 特に根拠もなさそうであり、何となくそれっぽいという理由だけで決めつけたのだろう。


 勿論、そんなことはあり得ない話だが、小学生の彼らでは多少なりとも辻褄があいそうであれば納得してしまうのかもしれない。


「ドーピングか。糞! 昆虫のくせに卑怯な真似しやがって!」


 出歯口の話を聞いた柔剛が憤る。憶測にしかすぎない話だったのだが、すっかり信じ切ってる様子だ。


「おいおい。そこにいるのは威張か?」

「あ、有田兄ちゃん」


 二人が杉戸について語っていると、横から口を挟まれた。柔剛は相手の様子をうかがいながら、手をポケットに入れて立ち尽くしていた。


 親しげに「兄ちゃん」と呼んでいるあたり、出歯口の兄か親族なのは理解できた。


 問題は見た目だ。頭は金色に染めていて、着ている制服も着崩している。正直、態度はあまりよくないだろう。


 着ている制服には、柔剛にも見覚えがあった。この近くの中学校のものだ。柔剛も今通っている小学校を卒業後には、その中学校に通うことになる。


 つまり、目の前の有田という人物は、後の先輩に当たるということだ。


「お前も来年にはうちに来るんだったな。まあ、安心しろ。俺が従兄弟として、お前が舐められないように、しっかり顔を利かせてやっからよ」

「へへ。頼りにしてるよ、兄ちゃん」


 有田が出歯口の肩をポンッと叩くと、出歯口は随分と喜んでいた。どうやら相手は従兄弟だったようで、心強い味方ができたと思っているのかもしれない。


 その後、有田の目が柔剛に向けられた。出歯口に対する目つきから一転して、どこか威嚇するような眼差しに変わる。


「で、こいつは?」

「友だちの柔剛なんだ。腕っぷしが強くて頼りになるんだよ」


 有田が柔剛について触れてきた。出歯口は得意げに友達として柔剛を紹介した。


「へぇ。確かにガタイはいいな。おい、名前は?」

「……柔剛です」


 一応は今後先輩になる人なので、柔剛は敬語で接した。ただ初対面から偉そうな態度に出てくるのは正直気に入らない。


「そうか。俺は阿久井あくい 有田ありただ。今後お前の先輩になると思うから宜しく頼むぜ」


 有田は自分を指差し、自信ありげに自己紹介してきた。すでに先輩風を吹かしていて、柔剛としては不快だった。


「ま、俺は後輩には優しいからな。何か困ったことがあれば遠慮せずに頼ってくれや」

「本当! それなら早速お願いしていい兄ちゃん!」


 そんなことを言う有田に出歯口が思い出したように言った。柔剛の顔が曇る。


「おいやめとけって」

「何でだよ。ちょうどいいじゃん。実はクラスにさ、いけすかない奴がいるんだよ」

「ほう――」


 出歯口の話を聞き、有田が興味津々で耳を傾けた。とは言え相手は中学生だ。まともに聞くわけにはいかないか、と柔剛は思っていたが、有田の食いつきは思いの外良かった。


「なるほどな。これから大事な後輩になるお前らが恥をかかされたとあっちゃ先輩としては見過ごせないぜ」


 思いの外、有田は乗り気だった。結局柔剛そっちのけで勝手に出歯口と話を進めてしまった。


「よしそいつにちょっと痛い目見せてやるか」

「いや、何もそこまで。これは俺たちの問題ですし」

「あん? 俺が協力してやるって言ってんだろうが。何か文句あんのか?」

「……いえ、別に」


 腕っぷしには自信のある柔剛だったが有田は中学生に上がってから世話になる先輩でもある。下手に口答えして中学生活に影響が出るのはやはり嫌であり、結局その話を受け入れることとなった。


「ま、俺だって小学生相手にそこまでムキになるつもりはねぇよ。ただ上下関係ってのを教えてやるだけだ」


 そう言って浮かべた意地の悪そうな笑みに、そこはかとなく不安を覚える柔剛なのだった――

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