私のコレクション

鳴代由

私のコレクション

 不思議な本があった。

 学校の帰り、いつものように立ち寄る古本屋で、一冊だけ。表紙にも、背表紙にも、中身にも、何も書いていない真っ白な本。けれど本当に何も書いていないだけだ。タイトルはおろか、作者すらわからない。他の本にはついている値札も、この本にだけついていなかった。なんとも不思議な本だ。


 元より収集癖があった私は、この本をぜひとも本棚に入れたいと思った。だが、ただの手帳のようなこの本が、果たして売り物なのだろうか。私は気になった。店主が間違えて置いてしまったものではないかと疑った。

 私は店のカウンターまで本を持っていき、店主に確認する。この真っ白の本は売り物か、と。店主の答えは「イエス」だった。書棚に並んでいたのなら売り物だろう、値札がないのは誰かがいたずらで剥がしでもしたのだろう、というなんとも適当な返事をされた。それならこの本を買う、と店主に言ったところ、店主は即興でなら百円で構わん、とまたもや適当な値段をつける。まあ、百円程度なら本か手帳かわからないものに支払ったとしても問題はないだろう。なにより、私はこの本を本棚に入れたかったのだから、買わないという選択肢はないようなものだった。私は店主に百円を支払い、家へと向かう。


 その道中、またもや不思議な出来事があった。さっき古本屋で買った本と似たような本が道端に落ちていたのだ! こんな偶然はあるか、と私の気持ちは高ぶっている。

 今度は、青い本だった。白い本と同じように、表紙にも背表紙にも何も書かれていなかった。私の顔には、自然と笑みが浮かんだ。この本もぜひ私の本棚に入れようではないか、とにやにやが止まらなかった。

 だが今回のこれは誰かの落とし物かもしれない。そうはいっても名前も何も書いていない本。落とし主がどこの誰かなんて警察に持って行ってもわからないかもしれない。それなら、私がこのまま持って帰ってしまってもいいのではないだろうか。

 そう考えてからの行動は早かった。周りに誰もいないのを確認して、急いでその本を拾い上げ、そのまま家まで一生懸命走る。途中すれ違った人に変な目で見られても、散歩している犬に吠えられても、気になどしなかった。



 それから数日が過ぎた。私の本棚には、白と青の本に加えて、赤、黄、緑、橙の本が増えていた。あの古本屋で見つけたり、道端に落ちているのを見つけたり。色だけの本がある場所はその二か所だけに限られているようだった。


 私は今日も、古本屋に出向く。何も書かれていない本を探すためだ。あのとき真っ白の本を見つけてから、私は普通の本を読んだり、買ったりするのをやめた。面白くないのだ。普通の本を読んでいるよりも、何も書かれていない本を眺めるほうが面白いと思ってしまうのだ。

 そう考えながら、私は出かけるためにコートを羽織る。そのときだ。閉めていたはずの窓から風が吹き込んだ。


「──あ~、あったァ!」


 聞こえてきたのは少し高めの、楽しそうな男の声。窓のほうを振り返ると、そこには黒いフードを目深に被った男がベランダの柵に足をかけて立っていた。


「俺もその本探しててさァ、全っ然足りないと思ってたら、お前が持ってたんだねェ」


 そして男は土足でづかづかと私の部屋に入ってきて、本棚を物色し始める。


 やめろ! 私の物を勝手に触るな!


 本棚に伸びる男の腕を、私はこれでもかと強い力で掴みかかる。だが男のほうが力が強かった。私が掴んだ手をものともせずに、本棚からその本を抜き取っていく。


「何……! なんなの! これは私のものなのに!」

「ん~? それは誰が決めた? 元々俺のものなんだけど」

「これは私が買ったものだ! そもそも、勝手に人の部屋に入ってくるのが非常識じゃないの⁉」

「買ったものォ? お前、ここにある何冊かは拾ったものを勝手に持ってきただけだろ?」

「そんなの、関係ないでしょ!」


 思わず、強い口調になってしまう。だってこれは、私がせっせと集めたものだ。毎日のように探していたものだ。古本屋で買ったか、拾ったかはそこまで重要ではない。それを見知らぬ男に簡単に取られてたまるか。そう思ったとき、男の顔が目の前までくる。黙っていたが、奇妙な圧があった。私は息を呑んで、男の腕を掴む力を緩めてしまう。


「ん、それでいーの」


 すると男はにかっと笑い、本棚のほうに目を戻した。

 それに少しは安心したが、すぐにいやいや、と首を振る。本のことはなにひとつ解決していないのだ。さてどうするべきかとぐるぐると思考する。だがいい案が思いつかない。


「……私の、なのに」


 私はそれ以上考えるよりも先に、手が出ていた。自分のどこから出ているのかわからない力で男を跳ねのけ、その反動で散らかった本を手繰り寄せる。気に入ったものを、やすやすと人にとられるわけにはいかなかった。


「お前なァ、いい加減にしろよ」


 男のそのときの顔を見て、私は終わった、と思った。果てしなく感じる男の怒り。震える空気。はい、諦めます、と言ってもその男は許してくれないだろう。私は後悔した。なぜこんなにも、執着してしまったのか。それももう、遅いと気付く。男の怒りを買ってしまっていた。


 後悔したときにはもう、その男によって私の体は地面に叩きつけられていた。こんなことになるならば、本になんか執着しなければよかったのだ。

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私のコレクション 鳴代由 @nari_shiro26

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