第6話

 一週間が経った今でも私は相変わらず子供たちと一緒にこの保育所で過ごさせてもらっている。

 あの後、多少の問題は生じたようだがシスターや他の貴族の働きで私への処罰はなかった。

 裏で両親が手を回したという噂も聞いたし、迷惑をかけてしまって反省と感謝しかない。


 今日は保育所始まって以来、初の家族面談の日。

 シスターと親御さんが熱心に話し合っている。

 私の出る幕はなく、子供たちの相手をして面談が終わった親御さんへお子さんを返す仕事を与えられていた。


 面談も終盤に差し掛かり、面談室から出てきた奇抜な服装の女性がキョロキョロと辺りを見回している。

 偶然、通りかかった私が声をかけると女性は手を叩いて喜んだ。


「あなたがエレン・リヴィエールさんね! ジルからもムタからも話を聞いているわ! 二人とずいぶん仲良くしてくれているみたいね」


 ムタ坊ちゃんはともかく、ラビエラ公爵に関しては棘のある言葉だ。

 ラビエラ公爵夫人から先制攻撃を喰らったような気がしてならない。


「恐縮です。ムタ坊ちゃんはあちらです。ご案内いたします」


 いつもの廊下がやけに長く感じる。

 公爵夫人は口を閉じることなく、聞いてもいないことを話し続けていた。


「男の子はもっと外に出すべきだって言っているのになかなか理解を得られなくてね。膝を擦りむいたり、友達と喧嘩したりしないと学べないこともあるでしょ。それがあの人には分からないのよ」


 多分、愚痴られている。いや、遠回しに惚気のろけられている?

 下手なことは言えないので黙っているが、公爵夫人がムタ坊ちゃんをこの保育所に預けた理由が分かった気がした。


「ジルなんていい例でしょ。英才教育で勉強と剣技ができて、顔がいいだけのつまらない男よ。あれではラビエラ公爵家も世も末だわ。私としては末っ子のムタを社交的な子に育てたいんだけどね」


 思わず足を止めてしまい、後ろを歩いていた公爵夫人が背中にぶつかった。


「一つお聞きしますが、ジル様はムタ坊ちゃんのお父様ではないのですか?」


「違うわよ。あれは私の子でうちの長男よ。うち人今は長期出張で家に居ないからこっそりとムタをここに入れさせてもらったのよ。ジルには自分の子を持ったときの練習を兼ねて送迎させているのー」


 ケラケラ笑う公爵夫人の前で、どんどん血の気が引いていくのが分かった。


 公爵夫人の話ではジル様は独身で特定のお相手はいらっしゃらない。

 つまり、私の勘違い。


「母上、もう馬車の用意はできています。早くこちらに……っ! エレン嬢っ」


「ラビエラ公爵様、じゃなくって、えっと」


 不自然に視線を逸らした私たちの間に漂う空気感を察したように公爵夫人が「オホホホ」と笑いながらスキップして逃げていく。


「あの……ジル様。私、とんでもない勘違いをしていました。すみません!」


「いや、私の方こそエレン嬢のことを考えずに口走ってしまった。あなたのような方なら婚約者の一人くらい居るだろう」


 これではっきりした。

 ジル様と私はお互いに勘違いをして、想いのすれ違いが起こっていたのだ。

 でも、すれ違いだったことが分かったとしてこの先に進んでもいいのだろうか。


「お恥ずかしいながら私に婚約者はいません。私はジル様がムタ坊ちゃんのお父様だと勘違いしていたので、その……不貞行為に当たると、勘違いしてしまいました。すみません」


 ポカンと口を開けたジル様は堪えきれないといった様に大口を開けて笑い始めた。

 保育所の廊下に響き渡る彼の笑い声に導かれるように各所から顔を覗かせる職員や子供たち。


「笑ってしまってすまない。別に馬鹿にしたわけじゃないんだ。私も勘違いしていたのだからお互い様だな」


 ジル様は保育所の廊下には似合わない優雅な動きでひざまずいた。


「改めて私の婚約者になって欲しい。末弟のムタと心を通わせたように私たちの子をより良い方向に導いて欲しい」


 突然のことに戸惑うかと思ったが、自分でも驚くほど冷静にジル様の手を取ることができた。


「喜んで。よろしくお願いいたします」


 割れんばかりの拍手が廊下内に響き、各地から歓声が上がる。


「職場ですることではなかったな。続きはまた改めて」


「……はい」


 ジル様の背後にある扉からムタ坊ちゃんと公爵夫人も顔を覗かせていた。

 恥ずかしさは込み上げてくるが、それよりも幸福感が強くてあまり気にならなかった。


「おめでとう、エレンさん」


「シスター。もしかして気づいていました?」


「もちろん。面白いことになっているから何も言わなかったけれど、お母様もお人柄のよい方で安心ね」


「えぇ!? 全てシスターの手のひらの上ってことですか!?」


「うふふふ。年の功というものよ」


 まんまとしてやられた。


 あれほど陰口を叩いていた職員たちもニヤニヤしながら私に話しかけてくれるようになった。

 なんだかんだで女子は恋バナが好きだ。

 私とジル様の進展具合が共通の話題に上がるようになるまでそう時間はかからなかった。


「エレンが姉上になるなんて驚きだよ。これでずっと一緒にいられるね」


「本当に不思議な感じ。これからも仲良くしてね」


 可愛い義弟はお義母様の希望通り、コミュニケーション能力の高い子へと成長を続けている。

 ジル様は結婚式後に再び長期不在となったお義父様もといラビエラ公爵の代理として毎日忙しそうにしておられる。


 彼は私を拘束するようなことはせず、これまで通り保育所での勤務を続ける許可をくれた。

 仕事熱心だけどどこか抜けていて、たまに見せる無邪気な笑顔が私の母性本能をくすぐり続けている。


「ジル様、私とっても幸せです」


「私もだよ。エレンの笑顔を見ると仕事の疲れも吹き飛ぶというものだ。未来の我が子のためにももっと励まなければな」


「少し気が早いような気もしますが……」


「そんなことはないさ」


 そんなにも熱い眼差しを向けられると顔が火照ってしまう。


「ゴホン! たまにはお休みしてムタ君とも遊んであげてくださいね」


「末弟よりも愛妻が優先だ」


「……もうっ」


 これからはムタ君と一緒にいずれ産まれてくるであろう私たちの子供も大切に育てていこうと思う。

 私たちの幸せな生活は、まだまだ始まったばかりなのだ。

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悪役令嬢、保育に目覚める ~異世界だったとしても不倫だけは絶対にいけませんっ!~ 桜枕 @sakuramakura

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