第5話

 私が就職して半年が経った。

 まだ私に対する不信や不満を持っている職員もいるが、いくらか過ごしやすくなった頃に思い切ってお遊戯会の提案をしてみた。

 文句が飛び交うかと思ったが意外にもあっさりと受け入れられ、子供たちと一緒に歌や踊りの練習と彼らの衣装や小道具作りに追われる日々が始まった。


 ご両親への招待状も子供たちと一緒に作成し、いよいよ本番当日。

 大聖堂は多くの人で埋め尽くされ、子供たちも私たちも緊張していた。


 緊張感の漂う中で始まったお遊戯会。

 ステージで踊っている最中に転んでしまったり、動けなくなってしまったり、セリフを噛んでしまったりする子がいると、観客席からはクスクスと笑い声が聞こえた。

 ステージに立つ子供たちには声が聞こえていなくても、大人たちが笑っている様子は丸見えになっている。

 中には「うちの子に限って」などという言葉も聞こえた。


 これには私だけでなく、普段から私を目の敵にしている職員も不快感を必死に押し殺しているようだった。

 責任者であるシスターも同じ気持ちだったかは定かではない。彼女に動く気配はなく、ただじっと子供たちを見守っていた。

 私が出しゃばる場面ではない、と自分に言い聞かせ拳を握りながら子供たちへと熱い視線を注ぐ。


「こら! しっかりせんか! 私の顔に泥を塗るつもりか!」


 しかし、そんな声が上がった時には堪忍袋の緒が音を立てて千切れた。

 誰かが叱られたことで失敗することが怖くなったのか、動けなくなってしまった子供たちが立つステージの前に飛び出して叫ぶ。


「笑わない! 怒鳴らない!」


 これには子供たちも職員も親御さんも目を丸くしていた。

 熱くなった人間がここで止まれるはずがない。


「私たちが笑うと『馬鹿にされた』と受け取る子もいます。気持ちが折れたり、頭の中が真っ白になったりもします。それでも一生懸命なんです! だから自分のお子様を信じてあげてください」


 後悔はなかった。

 これでクビになっても胸を張ってここを出て行ける。そんな清々しい気持ちでステージ上を見上げ、子供たちに親指を立てた。


 大聖堂は子供たちの声と音楽と気持ちのこもった拍手に包まれ、大人たちからの声は一切聞こえなかった。


 ステージの裏に隠れ、やりきった表情の子供たちを迎え入れた私たち職員。

 この時の子供たちの顔は生涯忘れられないだろう。


 その後、私は子供たちを親御さんに引き渡す仕事から外してもらった。

 シスターも他の職員も文句を言う人がいなかったことが幸いだった。


「おい」


 大聖堂の飾りを片付けていた私の背中に投げかけられた雑な声を振り向くと、ラビエラ公爵が立っていた。


「私は強かさと優しさを併せ持つ君のことを気に入っている」


「はぁ……。ありがとうございます」


 突然なにを言い出すのかと面食らってしまった。

 男性に気に入られるような態度を取った覚えはないのだが。


「だから私の妻になって欲しい」


「えぇ!? な、なに、なにを!?」


 パニックに陥り、自分でも何を言っているのか分からない。

 それでも頭の中に浮かんだ言葉をそのまま口に出した。


「いくら異世界でも不倫はいけません!」


「いせかい? ふりん?」


「えっと、不貞行為は禁止です!」


 不倫に変わる言葉を絞り出せた自分を褒めるのは後回しだ。

 この王子様風イケメンは何を言い出しているのだ。

 私は彼の子を預かっている身なのだぞ!

 それなのに妻になるなんて、それこそ陰口を叩かれてしまう。


「そうか……。そうだな。突然すまなかった。今のは忘れてくれ。エレン嬢にも事実はあるだろう」


 忘れろと言われて、はい、そうですかと簡単にできるものか。

 前世でも今世でもラビエラ公爵のような男性に告白されたのは初めてだ。

 元婚約者も太刀打ちできるとは思えない。


 それほどまでに容姿が優れているお方だ。中身は見た目に反してちょっと抜けている一面があって可愛い……って、ダメだってば!


 名誉なことなのかもしれないがさすがに人の夫に手は出せないし、一夫多妻制だったとしてもこの関係はマズいと思う。


 気まずい空気の中、私が片付けを再開するとラビエラ公爵は出て行った。


「あの人、優しい目で子供を見るんだよなぁ。しかも、すぐに謝るんだよなぁ」


 だからこそムタ坊ちゃんが混乱するような真似はできない。

 私はそっと気持ちに蓋をして、お遊戯の後片付けを終わらせた。

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