恋愛研修

「小型だと言っていたくせにして!」


 初日に俺は悪態をついた。

 ロボットとなった彼女が運ばれてきたのだが……話に『小型』を全面に押していたくせに、身長は180センチ近い。

 俺よりも大きい。

 確かにすっきりした見た目に、出るところは出て、曲線美は美しい。が、画面で見ていたのより一回りは大きい。

 挙げ句になんだ! この異様にデカい、メンテナンス・ポットは!

 市販のロボットが充電やメンテナンス時に入る円筒形の筒が、メンテナンス・ポットだ。

 通常のものはシングルベッドほどの大きさ。しかし、運ばれてきたのは、直立式で天井すれすれの高さ。横も場所を取り、六畳のリビングをほとんど占領している。


『今日からよろしくお願いします~!』


 軽いノリなのも……なんかムカつく。


『あれ~? どうしたんですか? 元気に1日やっていきましよう!』


 俺は基本、夜型だ。しかも太陽が出る頃に就寝につく。

 そして、気持ちよく寝ているところに起こしに来るのだ。

 調べてみると、ネットワークでAIのデータを常に監視している問題のようだ。

 あいつら、昼型なんだ。

 自分達が仕事中の間しか、AIを監視できないため、その間、ロボット彼女自体をスリープモードにしているようだ。


 ――誰か夜型のエンジニアはいないのか!


 結局、俺はロボット彼女にしばらく合わせることにした。


 いや、ついつい行動が……エモい。


 大柄の体格のくせにして、中のAIが思った以上に幼いのだ。

 子供ぽいと言ったらいいのだろうか?

 動きが大胆であるために、狭い部屋の中ではどうしても、接触してしまう。俺の皮膚と彼女の外装パーツが触れてしまうのだ。


 ――これが、スゲー柔らかいんだよ。


 半分バカにしていた。たかが触れたぐらいで……。


『外装の軟プラスチック材は、人間の皮膚を意識したものになっています』


 説明書にはそう書かれていた。しかも、その感触の維持には、定期的にメンテナンス・ポット内で洗浄等の整備が必要とのこと。

 煩わしい感じがしていたが……しかし、女性彼女に触ると、ビリビリッと首の後ろに電気が走ったような感触になる。


 ――これがたまらない!


 センサーの漏電なのか? そんなことは無い。確かに接触センサーは積んでいるようだが……電気を感じているのは、俺の首の後ろで、接触面ではない。

 そういえば俺の世代の学校もメタバースで、ほとんど同級生との接触はなかった。

 当然、肉体的接触などほぼないし、他の人に触ることなど皆無だ。

 せいぜい、幼いときに母親に触られた程度であろう。

 この皮膚の接触ですら俺にはたまらない。

 俺は、自慰行為をロボットでするというヤツを小馬鹿にしていたが……今はメチャクチャ理解できる。

 腕や脚でもこんな柔らかいのだ。人間の女性として男性にアピールするために進化したという、それ……胸の膨らみは、一体どんな柔らかさなんだろうか?


 しかも彼女は、接触行為にすら少々恥ずかしがるところがある。

 顔を赤らめているときがある。

 表情筋もそれなりに動く。

 AIの反射動作として組み込まれているのは分かるが……


 ――なんだ!? このクッソ、カワイイ生き物は!


 いや、ロボットなんだから正確性が欠けていた。


 数日すぎている頃には、生活リズムが夜型だとか昼型だとか関係なくなってきた。

 これが人間としての健全な生活なのだろう。

 実際、彼女がやっているのは、メイドロボットとたいして変わらない。

 今まで自分がやっていたこと、掃除、洗濯、家事等々が彼女の手で片付けられている。

 まあ、人間じゃない彼女にが無く、ただ家の中に突っ立っていられても困る。

 彼女のエネルギー代やメンテナンス費用も、給料から天引きされてるのだから――


 だけれども、その代わりに目の保養やらで……と言いたいが、どうしても接触の件が頭から離れ慣れない。

 人間の本能を刺激されては、いつタガが外れても、おかしくないかもしれない。


 ――胸の膨らみを触ってみたい。


 修理屋として情報は持っている。

 そこには何もない……いや、正確にはシリコンで膨らませていることは、十分承知している。メタバースを通して修理作業をした事だってある。だが、この手で触ったことがない。

 しかも腕や脚の柔らかさをこだわっているなら、全身に行き届いているはずだ。

 だからこそ、『子孫を残す』という人間生物としての本能を刺激する彼女の胸には興味が尽きない。なんなら、その先……両脚の付け根はどうなっているだろうか?


 これも知ってはいる。

 世の中には、男性用に自慰専用器具もあるし、それを組み込んだロボットは存在している。

 だが、知っているだけであって、この手で触った事が無い。


 このテスト機彼女はどうか?


「ひとつ、こと」


 ふとあのセールスの同僚アバターがいった言葉を思い出した。

 今の彼女に手を出さない……これは『据え膳』と言うものではないだろうか?


 まあ、最大の理由は見えない同僚、自社社員に自分の恥部をさらけ出すということだ。


 ――羞恥心は持ち合わせている。だけど……


 俺は、いつまで耐えられるだろうか?

 この身体は知識よりも、経験を要求している。


 待てよ――

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