エミッタ

パンドーラーの器~または習癖

メタバース勤務

『えっ、私ですか……?  

 確かに全員が対象と、ご説明しましたが……私ですか?』

「そうキミに決定!」


 クエスチョンマークが彼女の『メッセージ欄』に並んでいる。

 俺の前にいるのは、AIが創り出した女性型のアバターであった。

 

 事の起こりは、親からのメッセージだ。

 

仮想現実世界メタバース内にAIによるマッチングがあるそうよ〉


 責っ付かれて仕方がない。

 親からメッセージがあればいつもこれだ。


 毎度のように結婚しろ、結婚しろ――


 中々、女性異性に会う機会がないのだ。

 何せ会社はメタバース内に存在するので、に行く必要が無い。

 本社の住所は実在するが、山奥の社長の一軒家。

 メタバース内では、世界中どこにいても仕事が出来るから便利だが、アバターの向こう側の顔を知らない。

 社長の顔は……入社の時に見たきりだ。


 ――見たよなぁ……多分。自信がなくなってきた。


 メタバース内で働いて、銀行に金は毎月チキンと振り込まれている。

 社会保障も充実している。

 問題ないはずだ。

 俺がやっている仕事は、ロボットのメンテナンス。

 メタバース内の接続された修理用のロボットを動かし、故障した現実世界のロボットを修理する。

 自分の居場所は、メタバースなので束縛されることはないが、仕事は24時間対応。週5日、8時間はどこかの時間にアバターを起動し、すればいい。

 自由といえば自由だ。

 だが、自由すぎて、俺みたいに部屋に引き籠もってしまっている。


 確かに、俺は男だし、異性女性に興味がないわけではない。


 ちゃんとは朝、。自慰も――

 まあ、ようは健康な男性である。


 そして、結婚適齢期だ。

 しかし、先程話したように、仕事は引きこもりで、実際の人間に会う必要がない。


 つまるところ、実在の女性の知り合いがいない……と、思っている。

 仕事相手やSNSの友人の中には、共感などを持てる人はいるが、実際の性別は判らない。

 共感が好感になり、恋愛などに発展したとしてだ。


 ――いざオフであったとして、果たして異性女性であるか?


 であれば最初から顔を出せば……だが、今どきは、メッセージで顔を出すと驚かれる。

 そうなると、アバターやハンドルネームで、相手の性別を見極めるしかない……俺もそうだ。

 堂々巡りになってしまうが、結局、相手が思っていたのと違うアンマッチとなる。


 現実世界でロボットが普及しても、メタバースでかなりの人間が働いていることもあり、世界は動いている。だが、人が増えない。

 好きになった相手が、同性の場合があるからだ。

 この先の未来で、同性だろうがお互いの塩基配列DNAを混ぜ合わせて、子供と呼べるものが作れるようになればいい。が、それは今、手元にない。


 親に紹介される前から、AIによるメタバース内の婚活は行われていたし、知っていた。

 だが、登録する気になれなかったのは、


 ――自分が他人と生活できるか?


 そこが問題だ。

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