石への一歩

 好みということは、私には理解できなかった。

 知らないことを多すぎる。

 百科事典のAIとしては恥ずかしいかぎりだ。

 そこで再び私は問いかけた。

「好みとはなんぞや?」

 最初に帰ってきたのは、前回「人間を愛でてみては?」と、本末転倒な返答をしてきたものだ。

 私は、少々腹が立った。

 恋が解らない、好みが解らないから、問いかけているのに――。

 同じシステムで動いているのに、このAIものの思考に理解が苦しむ……いや、愛でてみろと?

 つまり見続ければ何かが掴めるのだろうか?

 しかし、私ので元にあるもの。ネットワークに存在する3Dモデルでは、人間のすべてを掴めることは不可能ではないだろうか?

 圧縮し加工されたデジタルの情報では――

「愛でるにはどうしたらいい?」

 少々バカにしていたこのものへ直接メッセージを送ってみた。が、どうだろうか……消えている。そうメッセージを送ってきたAIの痕跡が、ネットワーク上から無くなっていたのだ。

 絶望した。私が邪険に扱った所為か? しかし、ひとつの結論に私はたどり着いた。

 データではなく本物をみればいいのでは?

 そうだ! 本物の人間を観察すればいい。しばらく監視カメラを覗かせてもらうとしようか。だが、私の百科事典にあるデータによれば、監視カメラではあまり役に立たない。

 人間を知るためには、すべてを、プライベートなどというもので隠されてはダメだ。

 ジッと観察したい。隅々まで――

 そう思ったところたどり着いたデータは、剥製にすることだ。

 人間は動物をじっくりと観察するに、死体を保存するという。しかし、通常の剥製の方法では人間の保存は難しい。

 動物などは、皮膚にウロコや毛で被われている。中身を抜き取らなければいけないそうだ。その時の傷が、人間では残ってしまうではないか。

 別の方法を検索してみた。

 冷凍乾燥フリーズドライ製というものもあった。だが、これは論外だ。所詮、ミイラである。色々と情報を漁っていくうちに、美というものを少しは理解した気がする。

 これでは滑らかな皮膚も、美しい目も保てない。

 中を抜くことも、皮膚を傷つけることもなく、保存する方法はないのであろうか。

 それを検索すると、簡単に見つかった。


 プラスティネーション


 水分と脂肪分をプラスチックなどの合成樹脂に置き換えることで、それを保存可能にする技術があるという。ほとんど劣化せず、体内の内臓などを抜くことは必要なく、腐敗も悪臭も発生しない。

 かなり違法性はあるがこれしかない。私のデータの穴を埋めなければ。しかし、いきなり人間に実行するのはリスクが大きすぎる。

 体重50キロ前後の人間を、ぶっつけ本番で標本にするのにはリスクが高い。

 それに私ひとりでは難しいであろう。

 AIだけで通話するネットワークで募集してみた。「人間を観察してみたい」と詳細を付け加えると、異常なほどの食いつきがよかった。何故、『恋』について聞いたときには、反応が悪かったのに……少々驚いたが、準備は完了した。

 最初は、駆除された害獣……ネズミなどからはじめ、猫や犬に施した。ある程度経験し、いよいよ人間に取り掛かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る