作家の敵

ふる里みやこ@受賞作家

敵性読者




私は作家の敵だ。

というよりはクリエイターのと言うべきか。


理由はいくつかある。まずはお金が無いこと。

より適切に言うのであれば、そこに全力投球するほどの財力が無いという感じ。


私は本の虫だ。読む量が半端ない。しかも一気読みしたい派に属している。

つまり、世界に没入するのが好きなのだ。発刊ペースだなどという下らないものに邪魔されたくない。

だから、シリーズモノの漫画や小説は最低三巻出るまで待つ。それを読んだら次は六巻が出るまで待つ。出たら最初からまた一気読みという感じ。


それの何が敵かというと……シンプルにお金だ。私は売上の初動に貢献しないのだ。

判っている。面白そうな本は発売と同時に買うのが、本を出す側にとってはありがたいのだ。売上がそのまま連載や発刊の継続に繋がるのだから。

逆に、売れなければ打ち切りになるし、そもそも単行本が出ない場合もある。それは重々承知している。

それらを理解した上でなのだが、私は本の大半を中古で買う。

つくづく敵だと思うが、月に100冊オーバーで読んでいるのだ。シンプルにお金が足りない。


クリエイターサイドは私のようなものをどう考えているのだろうか……考えるに、読者ではあるが客ではないだろう。




そんな事を考えながら、いつものショッピングモールに入っている大型の本屋に出向いてゆく。

ネットも悪くはないが、やはり自分のペースでウロウロ物色していくのは宝物探しのようでとても楽しい。

お目当ては漫画ではなく今日発売の小説だ。上巻をチラ見して面白そうだったので、下巻が発売される今日まで待っていたのだ。上巻は後で中古屋での購入予定。


たっぷり三時間。

十分に物色した後、下巻と他三冊を購入して出ようとした時、本屋の入り口付近で何か小さな特設会場が開かれてるのが目に入った。

長テーブルにパイプ椅子が一つ。そこに緊張の面持ちで座る男性。テーブルの上には同じ本がズラッと……嫌な予感がした。


「〇〇をご購入の方は、こちらから××先生の直筆サインを差し上げます」

「よろしくお願いしまーす」


見た目より野太い声……作者だ。たった今私が買った〇〇の……。


私はSNSで作家を徹底的にフォローしない。検索もしない。新しい情報は公式のものを待つ。

好きなのは作品アンリアルであって作家リアルではないのだ。


作者の顔と声の情報が入ってしまった。もうだめだ。こうなると作品を読んでいても作者の声と顔がチラつくようになってしまう。もうそこにある非現実を楽しめない……。

私は肩を落としてレジへと戻り、楽しみにしていた買ったばかりの下巻を差し出した。


「すみません……これの返金お願いします……」


やはり私は作家の敵だと思う。



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