第68話 ふたりだけの世界①

「うっ…………」


ヴォルキアに衝突したムルカは共にビルの奥へと吹っ飛ばされた。全開放ラスター状態のムルカでも数秒気を失うほどの衝撃だった。


「気が付いたか、ムルカ。」


「ヴォルキアさん!? なんでここに……」


「狙ってやったのかは分からんが、奴にここまで蹴り飛ばされてしまった。邪魔をして済まなかったな。」


「……立花幸、ですか。」


「あぁ。戦ってみるか? 恐ろしく強いぞ。」


長らく強者との巡り合いのみを求めて生きてきたヴォルキアの『強い』という評価が決して軽くは無いものだということをムルカは理解していた。


「いえ、いいです。俺にはもう戦う資格なんてないですから。」


「資格……か。なるほど、人間たちも相当やり手のようだな。お前でさえも完全に殺す力があったとは。」


「いえ、最初から全力なら多分勝ってました。俺には立花幸以外が何一つ見えてなかった。驕っていたんです。」


「……そうか。褒められたものではないな。」


「………………」


「だが、良い目をするようになった。少なくとも、この世界に来る前よりは。」


「……馬鹿な話ですが、一度死んで、やっと思い出したんです。戦士としての矜持……俺の原点を。」


「遅すぎるということはない。目的もなくのうのうと生き続け、緩やかに死に向かっていくような有象無象に比べればそれを思い出せただけでお前は幸せ者だ。どうやら、巡り会えたみたいだな。。」


「えぇ、今までで一番の好敵手ですよ、彼らは。」


「ハッ、是非俺とも手合わせ願いたいものだな。あまり気は進まんが、奴に感謝するべきかもしれん。」


そこまで話したところで、二人の目の前に突然幸が現れた。


(……こいつがムルカか。二人相手はさすがに分が悪い。なんとか引きはがして……)


「安心しろ、立花幸。二対一などという無粋な真似はしない。」


「………………」


「……まぁ信用しろというのも無理な話だ。ムルカ、さっさとあの人間たちの元へ行け。ケリをつけてこい。」


「……はい。」


そう告げるとムルカは天井を突き破って最上階へと飛び立った。


「意外だな。少しは止めると思ったが。」


「流石に二対一はきついからな。勝手に行ってくれるならどうぞご勝手にって感じ。それに……」


「……?」


「この組み合わせが一番だからね。」


「フン、言うようになったな。この世界には『三日会わざれば刮目して見よ』などという言葉があるらしいが……なるほど、言い得て妙だな。俺の攻撃にいちいち怯えていた数分前のお前はもうどこにもいないようだ。」


「アンタがこうさせたんだぜ?」


「……ずいぶんと盛っているじゃないか。あぁ、確かそんな効果もあったか。まぁどうでもよいことだが。」


くっくっ、と楽し気にヴォルキアは笑った。


「さて、無駄話もここまでにしよう。場所を変えるぞ。。」


「あぁ。」


味方が近くにいることで注意を割かれることを幸は懸念していた。事実その状態で戦っていたならまず間違いなく軍配はヴォルキアに上がっていただろう。しかし、ヴォルキアは何よりも強敵との戦闘を重んじる。幸の懸念を感じたヴォルキアは幸が全力を出せるよう、舞台を変えることを選んだ。


二人は入ってきた穴へと向かって肩を並べて歩いていく。今まで感じたことのない雰囲気だった。つい先刻まで殺し合っていた敵同士にもかかわらず、互いが互いを理解し信用していた。


ヴォルキアには敵意はあれど悪意がないことを幸は理解していた。ストラやロウなど今まで出会った敵とはその部分が根本的に違っていた。


概念干渉ヴェレンシアは誰に教わった?」


「……教わってはいない。概念干渉ヴェレンシアっていう技の存在自体さっき知ったよ。」


「ハッ! 信じられんな。だが、嘘をついているとも思えん。」


「そりゃ、本当だからな。」


「存在自体さっき知った、と言ったな。ならば、概念干渉ヴェレンシアがどういうものなのかをお前は知らないようだ。」


「はぁ? いや、でも現に使えてるし……」


「あぁすまん。そういう話ではない。少なくとも俺たちの世界では概念干渉ヴェレンシアはそう簡単に完成させられる代物ではない。こちらの時間で言えば年単位で鍛錬を積むことでやっと習得できるかどうか、といった塩梅だ。」


「……マジかよ。」


「一つの概念干渉ヴェレンシアの完成に生涯のほとんどを費やすものもそう珍しくない。そう易々と決められてしまってはこちらの面目が立たん。」


「そう言われてもな。このくらいは普通にできるようにならないと、多分この先も勝ち続けることは出来ない。やるしかないんだよ。」


「はっはっは! 、と来たか。なかなかいい度胸だ。」


ヴォルキアは楽し気に笑った。


(……ここまで純粋に笑えたのはいつ以来だったか。時間や使命に追われることもなく、ただ純粋に人生を謳歌していた。)


ヴォルキアの笑みは次第に自嘲的なものへと変わっていった。


(……背負い過ぎたな。やはり、俺には合っていない。)


ヴォルキアが思索にふけっていると、いつの間にか二人は入ってきた穴のところまでたどり着いてしまった。


不思議な感覚だった。ヴォルキアは相手に対して自分の全力を発揮できる強者であることを常に求めていた。もちろん、それは幸に対しても同様である。だが、不意にヴォルキアは今すぐ戦いたいという感情とは別に、幸と語り合うこの時間がずっと続いてほしいと自分が感じていることに気づいた。


(そうだ……俺はこの人間、立花幸に興味がある。こいつの思い描くには何がある? こいつはどんな道を歩む?)


だがそれは叶わないことをヴォルキアは知っている。なぜならそう遠くない未来、自分の手で立花幸を殺すのだということを確信していたからだ。


(強欲にも程がある。過ぎた願いだ……忘れるとしよう。)


「おい、どうしたんだよ、ぼーっとして。」


「……いや、何でもない。さて、ゆくとしよう。」 


「……渋谷まで戻るぞ。」


「フン、それまで生きてられるかな。」


「やってみろ。俺が先に燃やしてやるさ。」


二、三の軽口を叩き合った後、二人は同時に穴から飛び出していった。



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