第67話 道の先
寿命の燃焼。
己が持つ時間を燃焼させることで己の時間のみを速めることが出来る。
だが、人間が持つことのできる時間などたかが知れている。
亜光速のヴォルキアについていくためには一体どれほどの時間を燃やせばいいのか、そんなことは分からない。ただ、今この瞬間、ヴォルキアに勝利するためにはこの手段しかないということを幸は本能で悟っていた。
(……間違いないようだな。使用するタイミングを最小限に抑えている。リスクがあることは明白……!)
打撃の応酬。しかし、幸の攻撃だけは紙一重で空を切る。
寿命の燃焼によって幸はヴォルキアにさえ追いつけるようになった。しかし、依然として優位に立っているのはヴォルキアだった。
その理由は明白。ヴォルキアはほぼノーリスクでトップスピードを維持できるからだ。対して幸は瞬間瞬間に絞って高速化しているため、比較的遅い動き出しを見切られて躱されてしまう。
(あくまで土俵に上がっただけ……本当に、なんて遠いんだ……!)
体内の魔力操作のみに徹したことにより反応速度や神経の応答速度が向上したヴォルキアには先刻まで有効だった無意識の反撃も通用しない。
幸の焦りをヴォルキアは肌で感じていた。
「ハッ、その程度か!? 立花幸!!」
「くっ……」
「なかなかに良い発想だ! だがまだだ……そこまで到達したのなら! そんなところで止まっている暇など無いだろう!!」
「……言ってくれるね。」
分かっている。自分には出来るということを。
どれだけの代償を払ってでも勝利しなければならない。
幸には迷っている時間などなかった。
「さっさと────!?」
次の瞬間、ヴォルキアの肉体は空中へと投げ出されていた。
鉄の味がした。どうやらヴォルキアは少量の吐血をしているようだった。
「ハッ……」
ヴォルキアは刹那の狭間、すべてを悟り静かに笑った。
「ついに、来たのだな……立花幸!!」
眼前には目を血走らせながら拳を振りかぶる立花幸の姿があった。しかし、それに気づいた瞬間には既に殴られていた。反撃の隙を与えず、幸は目にも止まらぬラッシュをヴォルキアへ叩き込む。
(常時発動……! 腹を括ったか。それでこそ……)
「我が好敵手に相応しいというものだ!!」
自分に追いつける者などもう現れないとさえ思っていた。長らく渇望していた好敵手の再来に対し、ヴォルキアは狂喜の感情を隠せなかった。
寿命の燃焼を常時発動させることによって周囲の時間の流れから幸は完全に隔絶された。火力を上げ、一度に燃焼させる時間を増やすことによってヴォルキアさえも置き去りにする。
(ならば……ッ!)
ヴォルキアは攻撃を受けながらも徐々に魔力を溜め、一気に放出することで帯電した。現在ヴォルキアは空中に浮いているため、漏電によって地面へと魔力が散っていくことはない。ヴォルキア自身はそれを理解しているわけではなかったが、一瞬の帯電程度ならば幾分か魔力が散ったとしても十分な効果が期待できると考え、発動させた。
しかし、幸の攻撃は全く止まることはなかった。
(痺れていないだと? 確かに俺に触れているのに……まさか、電流が流れるよりも速く拳を引いているとでもいうのか!?)
己の最高速度でさえも届き得ない領域。
幸の成長がヴォルキアは何よりも嬉しかった。
(だが、このままやられるつもりはないがな……!)
先ほどの帯電によって外部へのある程度の魔力出力が可能であることを確認したヴォルキアは次の手に打って出る。
「
雨水に導電性があることを認識したヴォルキアは
(これは……!)
電気の流れさえも目測できる今の幸にとってはヴォルキアを追うことはそこまで困難ではない。しかし、
(攻撃が……当たらない!)
雷に打撃を与えることは到底不可能。
(だったら、雷も燃やせるようにすればいいんだろ……!)
(……なんだ!? この感じ……)
それどころか既に発動させていた寿命の燃焼さえも停止してしまった。さっきまでは当たり前のように出来ていた
「なんだこれ……なんなんだよ!!」
(……! 来たか!!)
その隙をヴォルキアは見逃さなかった。すぐさま方向を転換し、幸へと突撃する。
「がっ……」
意識が薄れるほどの凄まじい激痛。致命傷であることは明らかだった。胸を貫かれた際は気絶していたため、痛みを感じない分まだ幸運だったと言えるだろう。
ヴォルキアは幸が傷を燃やせることを既に知っている。休む時間など与えるはずがない。すなわち、この状況で意識を手放すことは自殺に等しい。何が何でも気絶するわけにはいかない幸は咄嗟に舌を噛み、かろうじて意識を保った。
(水の影響で軌道が逸れたな……だが
再びヴォルキアは加速する。次の攻撃までは時間にして数秒もかからないだろう。幸が生き残るためにはその数秒の間に
まさに絶体絶命の状況と言える。
死に瀕したことで脳内にアドレナリンが分泌され、幸の思考が加速していく。だが、肝心の
(なんで、出来なくなったんだ……いきなり、何もわからなくなった。魔力切れ……ってことはない。まさか、
時間はゆっくりと、しかし確実に進んでいく。ヴォルキアはもうまもなく攻撃を開始する。幸は今までで最も深く、死を覚悟した。
だがその時、朦朧とする意識の中で幸の脳内に一つの声が響いた。
「……さい。…………は私たちが……やします。」
始めは幻聴を疑った。しかし、加速し続ける思考の中でその声はやがて鮮明に聞こえてくるようになった。どうやら声の主は女性のようだった。
「蕾の……が近いのでしょう。私たちの意識があなたの中に芽生えたようです。」
(誰……だ? 何の話を……)
「……キアには感謝するべきかもしれませんね。ここまで干渉できるようになるとは思ってもいませんでした。」
(あなたは……?)
「今すべてを話している余裕はありません。ですが、いずれきっとまた会うことになるでしょう。あなたがこの道を進むのならば。」
(それはどういう……)
「今はまず生き残ることを考えてください。いいですか、あなたの炎は現在、
(ヴェスティア…………)
それが何なのかは全くわからなかったが、
「なので、私たちが
(理屈は分からない……この人が誰かも俺は知らない。でもヴォルキアに勝てる可能性が残されているなら、賭けるしかない……!)
「……やはり、覚悟は決まっているようですね。再び
(確かに、
「なのであなたの中にある炎を…………やさず…………」
いきなりノイズがかかったように声が遠のいていく。
(な、なんで……)
「…………ようです。……すが、……ません。……たらすぐに…………」
そこで声は完全に途切れた。スローに感じていた時間が徐々に幸の思考へ追いついてくる。
まるでこの世界から一時隔絶されたようだった。凝縮された思考の中に刻み込まれたその声は、死を覚悟した幸を再び奮い立たせた。
(何が何だか……全くわからない。でも……自分が何をやるべきかははっきり見えている。これだけは……絶対に忘れない!!)
再び、幸は拳に炎を灯す。
(反撃するつもりか……だが、
電力を充填したヴォルキアは最高速の
本来、幸には既に対抗手段などあるはずがなかった。もし何か一つでも違っていたなら、幸はここで命を落としていただろう。
しかし、あらゆる
(……!?)
ヴォルキアでさえも理解が追い付かなかった。
数秒ののち、背に受ける風からヴォルキアは初めて自分の体が吹っ飛ばされたことに気づいた。続いて強い眩暈とぐらつく奥歯から頬を殴られたことに気づいた。そして魔力の流れから
(反撃を食らったのか────)
そんなことを意に介している暇さえなかった。
「くっ……!」
亜光速の飛閃がヴォルキアの頬をかすめた。一発では飽き足らず、何発もの飛閃がヴォルキアへ向かって撃ち込まれる。
(この速度……それに傷も全快している!! 自力で、この短時間で戻ったというのか!?)
一瞬の動揺。たとえ武術の達人だったとしても知覚することさえ困難なほどごくわずかな隙。
しかし、他者とは異なる時間を歩む幸にとっては十分すぎるほどの隙だった。
(しまっ────)
次の瞬間、幸は距離を一気に詰めヴォルキアの胴を全力で蹴り飛ばした。そのまま数百メートルほど吹っ飛ばされたヴォルキアは、ムルカと誠人たちがいるビルへと突っ込んだ。
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