第66話 戦士とは

「すみません。何から何まで……」


「大丈夫だよ。君も色々立て込んでいたみたいだからね。」


 幸が東京へと帰る前日、大里と幸は地元の斎場にて幸の父の火葬を見届けていた。


「他の親族の方は?」


「母と相談して今回は密葬にしました。僕もこれから忙しくなりそうなので……」


「……そっか。」


「…………大里さん。少し変なこと聞いてもいいですか。」


「いいよ。何でもどうぞ。」


「大里さんは……僕のことが怖いですか?」


「まったく。それは力を持ってるから……っていうニュアンスの質問?」


「そう、ですね。大体そんな感じです。」


「……何か、気になることがあったのかな。」


「……あの瞬間、父さんが胸を貫かれた瞬間、頭の中がぐちゃぐちゃになって、気づいたら僕はあいつの、ストラの体を貫いてました。」


「………………」


「僕が一番怖かったのは、あの瞬間をほとんど覚えていないことなんです。頭に血が上ってすごく体が熱くなっていたように感じました。でも覚えてるのはそれだけ。あんな経験は初めてです。」


「いつか、自分の力が自分でも抑えきれなくなるかもしれない……そういうことだね?」


 幸は静かにうなずいた。


「いきなり力を得たわけだからね。しかも簡単に人を殺せてしまうような強大な力だ。無理もないよ。」


「……でも、あの時以上に衝動的になるようなことになったら、今度は僕の手で誰かを傷つけてしまうかもしれません。」


「そうかもしれない。君の力については分かっていないことも多い。精神的な部分が関係している可能性もある。」


「………………」


「でもね、幸くん。君はそのストラっていう人を殺したことについて後悔はしてる? 殺す、という選択肢以外にあの場で自分が取れた行動があったと思う?」


「……分からないです。でも後悔はしてません。」


「そうだよね。僕は警察だから立場上人殺しを勧めるようなことは言えない。だけど、敵は異世界の住人だしこっちのルールなんてお構いなしだ。そういう意味では君の行動は正しかったと僕は思うよ。」


「そう、ですか。」


「もちろん、怒りに任せてっていうのは危ないけどね。でもそれも親御さんが殺されたことに対する怒りなわけだし、当然の感情だ。それが危険だって気づける時点で立派だよ。」


「……ありがとうございます。」


「どうしても怖かったら僕たちを頼ってほしい。出来る限り君に負担がかからないようサポートするよ。精神面も含めてね。」


 そう言うと大里はにっこりと幸に笑いかけた。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




(あのときだ……)


 幸の魔力出力が最も高かった瞬間とはいつだろうか。蒼炎装セレスト状態の時か、ゴアを貫いた時か、もしくは先刻の胸の穴を概念干渉ヴェレンシアによって焼失させた時か。


 そのいずれもが間違っている。今までの中で幸の魔力出力が最も高くなったのは10月24日、ストラの胸を貫いた正にその瞬間である。


 幸の魔力は感情の変化に応じてその出力が大幅に変化する。これは騎士団の者たちには備わっていない、幸のみに発現した魔力特性である。


(多分、あのときの俺が一番強かった。その理由も、なんとなく分かる。)


 幸は思い出した。腕の中で冷たくなっていく父の体の感触を。


 その瞬間、両手に携えた炎がまるで息吹が宿ったかのようにその輝きを一層強くしながら燃え盛り始めた。


「ハッ、それが本来のお前か。立花幸。」


「偽ってたわけじゃないよ。でも、少し思い出したんだ。俺自身が抑えてたってことを。」


「……深くは聞かん。だが、枷は外したようだな。」


「おかげさまで。」


 幸は一人ではなくなった。誠人や大里、番たちがいてくれたことは幸にとって何よりも心の支えになっていた。


 しかし、支えられていることで抑えられてしまう強さも確かにある。


(戦士とは、孤独を制す者。戦士とは、刹那に生きる者。シャクナ、フェリド……俺はお前たちを求めてこの地に降り立った。だが、久々に。)


「……そういえば、まだ名乗っていなかったか。すまないな、蚊帳の外だと思っていた。」


「……はぁ。」


「騎士団第二……いや、いい。くだらんな。ヴォルキア・ハートだ。」


「……立花幸。いつでもいいよ。」


(……自ら後手に回るか。面白い。)


 一瞬の静寂、気づけば雨脚は激しくなっておりゴロゴロと稲妻の音が聞こえてくる。


 突然、稲光によって辺りが昼間のように明るくなる。


 常人なら目を開けることすら困難な状況。


 その中でヴォルキアと幸だけが相手の姿を捉えていた。


 先に仕掛けたのはヴォルキアだった。しかし幸は亜光速に届きうるヴォルキアの掌底を咄嗟に肘を使って防御した。


(……追いついたか。。この感じ、これも概念干渉ヴェレンシアか。)


 人間の反応速度は最速でも0.1秒、そこから行動に移すためにはさらにコンマ数秒の時間を要する。たとえ魔力で反応速度が強化されていると言えど、ヴォルキアからすればその程度の差は些末なものに過ぎない。ヴォルキアの拳に反応し、しかもそれを防御することは原理的に不可能なことに変わりはない。


 二度三度とヴォルキアは拳を打ち込もうとする。しかし、幸はすべての攻撃を的確に防御して受け止めた。


(コイツ、狂っている。崩道ヴェスティアを恐れていないのか? いや、存在そのものを知らないのか。時に無知な輩というのは厄介────)


 凝縮された思考の隙間、幸の拳がヴォルキアの左頬へ吸い込まれる。かろうじてヴォルキアは拳の軌道をずらし、直撃を避ける。拳にまとわせた炎によってヴォルキアの頬は軽く焼かれた。


 急いでヴォルキアは距離をとる。


(コイツはッ……確実に俺に並ぶほどの速度を手に入れている! 一体、そんなことが可能なのだ。何か、何か根本的なもののはずだ。考えるべきか……だが防げるとは限らん。)


 豪雨の向こう、赤々と燃える炎が夜の闇を照らしていた。


 力強い光、だがどこか儚さを感じさせる炎だった。


 一瞬、ほんの一瞬だったがヴォルキアは己を焼いたその炎を美しいと思った。


 ゆらゆらと陽炎を起こしながら炎が近づいてくる。


 その動きにヴォルキアはかすかな違和感を抱いた。


(何か、違う。さっきまでとは明らかに。火力だけではない。なんだ? 俺は今何を感じた?)


 考えているうちに炎は急速に近づいてくる。映像のフレームをいくらか消したような挙動で幸はヴォルキアとの距離を詰めていた。


(なるほど、時間……か。久々だな。やはり分かったところでどうしようもないものだった。だがおかしい。なぜ立花幸だけが時間の流れに逆らえる? 時間のような大域的なものに干渉するのなら俺の方にも影響が出るはず……)


 考えてもどうしようもないことのはずだった。しかし、ヴォルキアはなぜかそれを無視できなかった。


(先刻の違和感、それに立花幸だけが干渉できる時間……)


 電気によって脳の回転を極限まで高めていることで、ヴォルキアは数秒も経過しないうちににたどりつく。


(そうか……立花幸。お前は……)


 正に狂気の沙汰としか思えない発想。だが、最も間近で幸の覚悟を感じたヴォルキアのみが理解することが出来た。



寿のだな。)



 戦士とは、孤独を制す者。戦士とは、刹那に生きる者。


 もう、戻ることは出来ない。


 二人の戦士の闘いはさらに加速する。




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