第65話 戦士の心

「……!?」


 かすかな音に反応して振り向いたその時、突然ヴォルキアの頬に激しい痛みが走った。


(馬鹿な……ありえん……!)


 困惑しているうちに二度三度とヴォルキアは攻撃を食らってしまう。数メートルほど蹴り飛ばされた後、ヴォルキアは冷静に状況を分析し始める。


 彼の目の前には間違いなく死んだはずの立花幸が立っていた。


(何があった……この感じはまさか……)


 ヴォルキアが感じたのは魔力の残り香。


 魔力は発動する魔術によってその性質を変化させる。幾千もの戦闘を経験しているヴォルキアは記憶をたどり、立花幸がどうやって復活を遂げたのかを魔力の性質から分析する。


概念干渉ヴェレンシア……間違いない。しかし、何に干渉した? 何に干渉すればあの傷を塞げるというのだ。)


 幸の右胸は何もなかったかのように完治していた。


(あの様子……塞いだというよりも傷が消えたといった方が近い。)


 そこまで考えた時、思いもよらぬ方向からヴォルキアへと魔力の砲弾が撃ち込まれた。


(これは……ッ!!)


 再びヴォルキアは吹っ飛ばされる。ビルの壁に打ちつけられた時、ヴォルキアはレイの裏切りと幸の復活のからくりを悟った。


「フン、そうか。なるほどな。」


「………………」


「お前、?」


「……多分ね。無意識だったから断言はできないけど。」


「ハッ……つくづく化け物じみている。笑えんな。」


 言葉とは裏腹にヴォルキアの口角は上がっており、先刻よりも愉悦に満ちた表情となっていた。


(傷があったという事実の完全なる。焼いて塞ぐのとはわけが違う。あの傷でもダメとなると……やはり頭を狙うしかないな。)


 ヴォルキアは幸に突っ込む体勢に入る。


「……っ!」


 幸もそれを見て咄嗟に身構えた。


「気づいたようだな。お前はまだ、俺を止められたわけではない。死ぬまで殺してやろう。さて、どこまでもつかな……?」


 ヴォルキアの魔力出力が上昇していく。


(さっきの狙撃はおそらくLEVEL3。ならば再装填に二十秒弱はかかる。今から発動させれば間に合わん。さぁどう受け止め……)


 その時、ヴォルキアは自分の肉体に異常が発生していることを認識した。


(なんだ……? 魔力出力が、これ以上上がらない……?)


 確かに魔力は練っているはずだった。しかし、ヴォルキアの魔力はなぜか維持することが出来ず、次から次へと散っていった。


(これは一体────)


 そうこうしているうちにレイの二発目がヴォルキアを襲う。


「かはっ……!!」


 三度みたび、ヴォルキアの体が宙を舞う。


 ヴォルキアの肉体に起こった異常、それは雨で濡れたことによる漏電である。


 幸の炎は通常の炎よりも温度が高く、加えて戦闘においては広範囲にわたってその炎を展開することが多い。そのため、幸が戦闘を行う際その周辺は局所的に気温が急上昇する。


 気温上昇による周囲との気圧差は上昇気流を発生させ、二人の頭上に雨雲を作り出し、ヴォルキアの身体を濡らすまでに至った。


 決して計算で行ったわけではない。しかし、多少なりとも科学の心得のある幸は今現在ヴォルキアの身に何が起きているのかをおおよそ把握していた。


 対してヴォルキアは自分の身に何が起こっているのかをほとんど理解できていなかった。シーマたちがいた世界には雨が存在しない。また、基本的な物理法則等はこちらの世界と似通っているものの、科学による文明を築いていないためヴォルキアも自身の電気の性質については経験と本能に基づく形でしか把握していなかった。


(不可思議なこともあるものだ……原因はこの水か? だが次から次へと降ってくる以上気にするだけ無駄だろう。)


 起き上がりながら現状を静かに見極め、ヴォルキアは外部への魔力放出を諦めた。


「純粋な肉弾戦など、いつ以来だろうな。」


 ヴォルキアは自身の魔力操作を体内だけで完結させ、使用する魔術も自身の肉体に作用する物のみに限定して発動した。


「初心に帰るとしよう。」


 そう呟くとヴォルキアは猛スピードで幸に向かって走り始めた。


(さっきと比べれば相当遅い。大丈夫だ、殴り合いなら炎を使える俺に分がある……!)


(……などと考えているのだろうな。)


 数秒ののち、二人はお互いを射程圏内に捉えると同時にお互いに拳を繰り出した。


 だが幸の拳は空しく空を切る。対してヴォルキアの一撃は吸い込まれるように幸の脇腹に打ち込まれた。圧倒的な初速の差は肉弾戦においても大きく響く。


(でも……俺は無意識に反撃できる。打ち込むだけお前もダメージを……!?)


 幸の考えとは裏腹にヴォルキアの拳がダメージを負った様子は無かった。


「無意識の反撃……そんなもので俺をどうこう出来ると思ったか? 不愉快な話だ。」


「……どういう意味だよ。」


、ということだ。体が勝手に、というのはさぞ便利だろうな。考える必要がないのだから。だが、俺は俺が高みに上るために自分の血肉に技と力を刷り込んできた。借り物とはわけが違うんだよ。」


「…………」


「まぁ、お前は元々戦士ではない。そんな矜持を持っていないのも分からんでもない。だが断言しよう、他人任せの甘い心構えでは俺には絶対に勝てない。何があってもな。」


「そうかもね。だけど俺は勝つために手段を選べるほど余裕は……」


「今、この瞬間もお前は甘えているんだよ。」


 幸の言葉を遮るやいなや、ヴォルキアはレイの三発目の狙撃を最低限の動作のみで回避した。


「なっ……」


「フン、くだらん。もう周期は見切った。安い時間稼ぎで当たるほど俺は馬鹿じゃない。」


「流石だよ、ホント……」


「お前の肉体はお前に俺と渡り合うための機会をもたらした。応えてみせろ。俺を倒せるのはお前の肉体じゃない。レイでもない。お前自身だ、立花幸。」


 戦士の血は才によってすすがれる。


 戦士の身は行によってみがかれる。


 そして戦士の心は、


(灰によって刻まれる、か。皮肉なものだ。立花幸、お前は父親を失ったそうだな。その喪失がお前に何をもたらした? 憤怒、憎悪、復讐心……なんでもいい。なんにせよ。)


「ありがとう、ヴォルキア。」


「……?」


 唐突な礼の意味がヴォルキアには分からなかった。


「何か……決定的な何かを掴めた気がするよ。」


「……ハッ、面白い。すべてを吐き出してみろ。その上で超えてやる。」


 二人の間に静寂が流れる。あたりにはしとしとと降る雨の音のみが響いていた。


 数瞬の後、この静寂が跡形もなく崩れ去ることを二人だけが理解していた。



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