第63話 名もなき英雄

(考えろ考えろ考えろ考えろ!!)


 眼前には未だ全開放ラスターを継続しているムルカが立っている。しかも距離にして5メートルにも満たないほどに接近している。


 誠人は決して思考を止めなかった。この状況を打開するにはどうすべきか、犠牲を最小限に抑えるためにはどうすべきか。死を間近にした極限状態によって誠人の明晰な頭脳はさらにその回転を速める。


 しかしだからこそ、気づいてしまった。たどりついてしまった。


 


(……だめだ。少なくともこの場にいる人間は間違いなく死ぬ。どうやっても、何があっても。)


 その場の誰よりも早く、誠人は己の死を悟った。他の者もやや遅れながらも本能的にその答えにたどり着いていく。ならせめてもと隊員たちはムルカに向かって銃口を突き付けた。


 その様子を見てムルカはおもむろに口を開く。


「……見事だったよ。君たちは本当に強かった。」


 数多の銃口を向けられているにもかかわらず、ムルカは隊員たちへ称賛の言葉を送った。ほとんど無駄だとわかっていたが、誠人はとにかく時間を稼ごうとムルカに言い返す。


「もう勝った気でいるのか? それは少し早いと思うけどな。」


「……君か。そうだね、でももうわかってるんだよ。もし君たちに現状を打破する策があるなら、こんな感じに正面戦闘に持ち込むはずがない。」


「……どうかな。」


「きっと、この先で最後の作戦を実行するつもりだったんだろうね。出来ることならそれを打ち破ってから死にたかった。」


「別に俺たちはいいんだけどね。それでも。」


「……言っただろ。俺には時間がない。君たちと全力で戦える時間はもうわずかしか残されていない。本当に残念だが、ここで幕引きだ。」


 そう言うとムルカは両手を合わせた。


「せめて苦しまないように一瞬で斬るよ。限界まで圧縮した風の刃なら斬られたことにも気づかないだろう。」


 キィィン、という風が圧縮される音が階段に響く。


 逃げる術はない。銃が効くはずもない。


 階段の上下に分かれて逃げれば時間は稼げるかもしれない。だが稼げたとしても高々数秒程度。


 それならばいっそここで散ってしまう方が潔いのではないか。そう考え、隊員たちは一人、また一人と構えた銃口を下げていく。


(ここまで、なのか……?)


 誠人は最後の瞬間まで諦めるつもりはなかった。しかし、もはや自分に残された手は惨めに逃げ回ることのみ。それさえも徒労に終わるということは目に見えている。


 誠人も他の隊員たちと同じく、構えた銃を下ろそうとする。


 しかしその時、風の音を遮って隊員の一人がムルカへと突っ込んでいった。


「は?」


 既にその場の全員が死を受け入れていたはずだった。ムルカはその隊員の行動がまったく理解できず、困惑した。


 突っ込んだ隊員はムルカの下半身に勢いよくタックルを食らわせる。だが当然、ムルカはびくともしなかった。


「何のつもり────」


 ムルカが問いかける前に隊員の男は静かに、しかしはっきりとした口調で誠人に語り掛けた。


「きっと……立花幸は今も戦っています。。」


 ガスマスクで表情は見えない。だが、その言葉には確かな覚悟と大人としての矜持が宿っていた。


「一体何を言って……」


 戸惑うムルカをよそに男はムルカに向かって突きを繰り出した。これも当然ムルカに効果的とは思えない。しかし、男の狙いは別にあった。


(……! コイツ、俺の喰鎌リルを……!)


 男の突きはムルカの合わせられた両手の間に滑り込ませるように繰り出された。


 喰鎌リルは周囲の空気を吸い込み、圧縮させることで風の刃を作り出す。合掌しているとはいえそこには吸引力が働くため、両手の間に手を挟むことは案外容易い。


 だが、普通ならそんなことはしない。なぜならば、


「ぐっ……あぁぁぁ!!」


 滑り込ませた手は極限まで圧縮された風のミキサーでばらばらに引き裂かれるからだ。例にもれず、男の手は血飛沫と共に弾け飛ぶ。しかし、男の狙いはまさにそこにあった。


(なっ……! 血で目が……っ!)


 風の刃によって弾けた血飛沫は手指の中の暴風によって肉片と共に周囲に散らばる。ムルカの顔にも多量の鮮血が飛び散った。


 痛みのショックからか、もしくは多量の出血からか。ムルカに突撃した隊員の男は力なく倒れた。出来る限り血飛沫で時間を稼ぐつもりだったのか、男は激痛に耐えながら肘から先の部分がほとんど原形が無くなるまでムルカの手の中へ己の腕をねじ込んでいた。


 その姿が誠人たちを再び奮い立たせた。


「撃てっ……撃てぇーーー!!」


 血に気を取られている隙に誠人は隊員たちへ一斉射撃の指示を出す。瞬く間にその場はけたたましい銃声に包まれた。


 銃声でほとんど声が通らない中、誠人はハンドサインで半分は下、半分は上の階に逃げるように隊員たちへ伝えた。一斉射撃をしながらじりじりと隊員たちはムルカから距離をとっていく。


 ムルカにはほとんどダメージが通っているようには見えなかった。だが、もう既にそんなことを気にしている暇はなかった。


 一秒でも長く、一瞬でも長く抗い続ける。その一点に対して迷いを持つ者はその場に一人としていなかった。


(ちっ……鬱陶しい! なら……)


 突然ムルカの足元から氷塊が現れた。氷塊は一斉射撃をものともせず、傷一つつくことなく弾丸を跳ね返した。その際の跳弾によって何人かの隊員が負傷したことで、誠人は一斉射撃を中止するよう指示を出した。


「やっぱり、君たちには驚かされるね。」


 氷塊の向こう側、歪んだ姿のムルカが顔についた血を剝がしていた。


(顔についた血を固めて剥がしたのか……! くそっ……)


「皆さん! さっきの通りです! 今すぐ逃げてください!!」


「全員逃がさない。十秒もあれば全員殺せるさ……!」


 氷塊を蹴り割ってムルカは誠人たちのいる方へと突っ込んでくる。


(ヤバイ……ッ!)


 圧倒的な速度。もう数秒も持ちそうにない。逃げても無駄だと考えた誠人は振り返って銃を構えた。






 そのとき、誠人たちの背後の壁が轟音と共に突如として崩れた。どうやら、何かが外から飛んできたようだった。外から飛んできたはすさまじい勢いでムルカにぶつかり、そのままムルカを後方へ吹っ飛ばした。


 粉塵が漂う中、その向こう側に赤々とした光が見えた。


 それは幻のように美しかった。しかしは確かにそこにいた。




 粉塵が掃け、誠人の視界に映ったのは炎を纏った立花幸の後ろ姿だった。




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