第62話 九死
(……さすがに疲れたわね。)
ムルカとの戦闘を終えた番は死への緊張から解放され、その弛緩から疲労が一気に体に押し寄せてきていた。
(少し息苦しい……でもまだガスを使うわよね。床に穴空いてるし、まだマスクは外せない。ひとまずここから出ないと……)
番は腰を上げ、部屋から出ようとする。
ムルカが二階に落ちてから時間にしておよそ1分ほど経った時、ガスで弱ったムルカに総攻撃をかけることで隊員たちはムルカに致命傷を負わせることが出来た。
番が部屋を出る直前、隊員たちの歓喜の声が階下から響いてきた。慌てて戻って床の穴から覗いてみると煙の中ではあったが、サーモグラフィで倒れ伏すムルカの姿が確認できた。
(すごい……こんな短時間で……)
先刻まで命を取り合っていた強敵がこんなにも簡単に死ぬものなのか、といまいち現実味を番は感じられなかった。
「それだけうちの
考えること自体が面倒だったため、そう結論付けた。勝鬨を上げている隊員たちを眺めながら番は勝利を嚙み締め、一息ついて部屋を出ようとする。
(……でもまだ終わりじゃない。体内なら攻撃が通るとわかった今、やりよう次第で私たちにも師団長を仕留められることがわかった。まずは全体にこの情報を共有────)
そこで番の意識は途切れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『ヴォルキアのは貴重だし』
(確かにあいつはそう言った。気になるのはヴォルキアのという部分。奴は吸収した魔力を個別に保存してるのか? それなら集中的に一種類の能力だけ使わせるように誘導すれば手札は削れる。かといって単なる持久戦は博打すぎる。)
ムルカが落ちた先、一階のフロントは火の海に包まれていた。
(立花幸が来てるのか…………!?)
予期せぬ敵戦力の増加に一瞬ムルカは動揺する。しかしすぐに冷静さを取り戻す。
(いや、ハッタリだ。魔力を微塵も感じない。これもただの炎だな。)
ムルカは手指から水を生成して足元の炎を一気に消してしまった。
(大方俺の手札を探っておきたいって感じだろ。あいつはヴォルキアのことも知っていたみたいだし、俺の能力の目星くらいはついてると考えたほうがいいな。)
炎を消すとあたりはしんと静まり返った。間髪入れずの戦闘を警戒していたムルカは肩透かしを食らったような気分になる。
(……二階のやつらも退いたか。でも奥にはあまり部屋があるようには見えないし、おそらくまだ上の階で待ち構えているな。)
図らずも、誠人たちは対ムルカの最適解を選択していた。
その最適解とは戦わないこと。
加えて魔力を用いない人間たちが相手であることで補給の機会はない。
すなわち、ムルカの無力化は時が経てば自動的に達成される。
(ここいら一帯を吹っ飛ばすのもありだけど、それだと仕留めそこなった時のリスクがデカすぎる。ここは急ぎつつも一部屋ずつ丁寧につぶ─────)
そう考えていた次の瞬間、ムルカの背後から突然ガラスが勢いよく砕け散る音が聞こえた。
「は?」
慌てて振り返ると、入り口を無理やり突き破り、ガラス片をまき散らしながら迫ってくる装甲車の姿があった。
(……正面から突っ込んでもどうせ隠し玉のオンパレードで人員が削られるのがオチ。だったらあいつに楽をさせない程度に、かつこっちが削られない範囲の攻撃をかけ続けるのがベスト。魔力が無尽蔵じゃないことは分かってるんだ。長期戦になれば俺たちの方が有利なことは確実……!)
ムルカの能力の全容が分かったわけではない。だが誠人は限られた情報からムルカの危険性を悟り、可能な限り正面戦闘を避ける方向へ作戦をシフトさせていた。
「面白いけど、この程度じゃ……ね。」
驚きはしたもののムルカは突っ込んだ装甲車を片手で受け止めていた。
(これは車、だったか? 運転手がいないな、加速させたまま乗り捨てたのか。さっきまでと違って攻撃が雑過ぎる。イマイチ意図がつかめない。)
そう思案しているとビルの奥の方から何やら物音が聞こえた。
(……! そっちか!!)
急いで音の聞こえたほうへ向かうとそこには裏口があり、扉は半開きになっていた。
(さっきの攻撃は目くらまし……本命はこっちだったって訳ね。舞台を変えるつもりか、それともただ逃げているだけか。どちらにせよ追って殺すだけだけどな。)
扉を力強く開け、狭い路地に出るとかすかではあったがムルカの耳に隊員たちの足音が聞こえてきた。
「……便利だね、ホント。」
足音は隣のオフィスビルから聞こえてきていた。すぐさまムルカはビルの壁を蹴破って中へ侵入した。1階部分には人の気配はなく、静まり返っていた。
(……上か。ここはさっきよりも階層が多い。一つずつ調べるのはさすがに時間がかかる。これ以上引き延ばされるのは流石にマズい。しょうがないな……)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(さっきの音……もう入ってきたか。エレベーターが使えないのは厄介だな。やっぱり先に行かせておいたのは正解だった。もう準備も終わってる頃だろう。)
誠人たちは急いで階段を駆け上り先遣隊の待つ8階を目指していた。重装備のまま走り続けるのは想像以上に辛く、踊り場の『4F↑』という表示を見て誠人はまだ半分程度かと心の中でため息をついた。
(……懸念材料はあるけど、多分これでいけるはずだ。奴が下の階を探索してるうちに────)
思考が止まる。なにかがおかしい。誠人がそう感じた刹那、爆音とともに粉塵が巻き上がった。いきなりの出来事にその場の全員が困惑する。
やがて視界が開けると、階段の手前の床に約直径3mほどのくりぬかれたようにきれいな穴が出来ていることが分かった。皆が床の穴に気を取られている間、まさかと思い誠人が上に目をやると天井にも同じような穴が確認できた。
「皆さん! 走ってください……早く!!」
誠人は指示を出すとともにすかさず煙幕を張った。たちまち辺りは白煙に覆われる。
(なんで頭が回らなかった……いくら俺たちを正々堂々倒したいと宣言したとは言え、階段を駆け上がってくるとは限らない。とりあえず縦にぶち抜いて大体の位置を把握しようって魂胆か? だとしたら大成功だクソが……!)
思考の余裕が生まれ、誠人は数秒前の己の行動を後悔した。先の攻撃でムルカが誠人たちの位置を完全に把握したとは考えにくい。なぜならムルカはさらに上の階へ上って行ったからだ。位置を捕捉できているのならそんな無駄なことをする必要はない。
しかし誠人は身を守るため、ある種反射的に煙幕を張ってしまった。
当然、煙幕を張った付近には人間がいる。
「助かったよ……」
「!!」
白煙の向こう側。いつの間にそこにいたのかはわからない。
声の聞こえ方からして5メートルも離れていない。
「手間が省けた。」
一瞬、風が吹いた。体勢を保てないほどの強風だったが、一瞬でやんだため誠人たちは何とか立っていることが出来た。
しかし、煙幕はむなしく散っていった。その様はこの場にいる人間全員の行く末を暗示しているようだった。
かつてないほどに誠人たちは死をその肌に感じていた。
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