第61話 第8師団長 ムルカ・ベイン
死屍累々、鮮血の海が広がる中にムルカは一人粛然と立っていた。
(……すまない、使うつもりはなかった。いや、使う暇がなかったんだ。君たちは強かった。この戦いは俺の負けだ。)
ムルカは吸収した魔力をそのまま出力することが出来る。複数の戦士の魔力を貯蔵・出力することが可能なため、汎用性や対応力は騎士団の中でもトップの実力と言える。
しかし、性質の異なる魔力を一元化することは困難である(例えばゴアの魔力を5、ヴォルキアの魔力を2だけ吸収したとするとゴアの魔力として出力できるのは5までであり、ヴォルキアの魔力をゴアの魔力に還元して出力を7にする、といった操作が不可能)ため、貯蔵した魔力の開放には使用する魔力の選択、使用量と残量の確認などの過程が不可欠となる。これにより自らの魔力を使う際よりも出力までのタイムラグが発生しやすく、加えて相手がほとんどの場合魔術師であることからムルカは基本的にこの能力を使用しない。
(惨めに生き残って……団長には悪いけど、二度目の生なんて俺は卑怯としか思えない。人間はただ一つの命を燃やして俺たちと戦っているのに……!)
先刻、ムルカは斬首を契機に無意識に『死の拒絶』を発動させた。ムルカ自身はいかなる危機に陥ろうともその能力を使う意思はなかったが、ムルカの肉体がそれを許さなかった。
ムルカの奥義、
体内に残る魔力を一気に開放し、爆発的な戦闘能力を生み出す技。
(俺は戦士として、自分に嘘はつかなかった。強くなることに対して、努力を惜しまなかった。強くなることが楽しかった。だからこそ炎の英雄と戦えると知った時、本当に嬉しかった。でも、俺にはそれ以外が何も見えてなかった。)
「驕り……だな。」
己の力を過信したわけではなかった。長らく渇望した強敵との戦闘、ムルカはそれ以外のすべてに興味を示していなかった。ゆえに敬意も覚悟も持たずに人間との戦いに臨み、敗北した。
(……戦いは終わっていない。分かってる。)
拳を固く握りしめ、ムルカは覚悟を決める。
その時突然部屋の入口の扉が勢いよく開けられ、再び毒ガスを散布する手榴弾が投げ込まれる。
「…………無駄だよ。」
超音波によって窓を破壊し、風を操り外へと煙を逃がす。未だに煙が毒の正体と気づいていたわけではなかったが、ムルカは一切の油断を捨て人間たちのすべての挙動に対して警戒を怠らなかった。
(これは……遅かったか……!)
部屋に到着した誠人は無残に飛び散った死体の山と床や壁の明らかに非現実的な破壊状況を見て自分の推測が正しかったことを確信した。
(動き出しが遅れた……番と同じく全員にカメラを付けておくべきだったか。いや、どちらにせよここにいた人たちは…………くそ!!)
後悔と自責の念が誠人にふりかかるものの、それらが判断を鈍らせることを頭で理解していた誠人はすぐさま戦闘用に思考を切り替える。
(一番警戒すべきは風の力……いつでも何かに掴まれるように準備しておいた方がいいな。雷の力はどうしようもない。発動されたら諦める。でも他の師団長の力も使えるとしたら……手札の数が底知れない……!!)
考え得る限りでも相当量の手数を持つ相手。そしてその一つ一つが必殺になりうる恐怖。一見絶望的なこの状況においても誠人は考え続ける。
(最初っからバンバン使ってなかったってことは何かしら出し渋るだけの制約があるはずだ。それを探りつつ、できればヒットアンドアウェイ……いや、こうなったら消耗待ちの方が可能性は…………)
「ねぇ、君。」
「……えっ?」
ムルカからの唐突な呼びかけ。想定していない状況に誠人は混乱する。
「知ってたらでいいんだけど、ここの上で大きい銃を使ってた男と話がしたいんだ。さっき殺した人たちの中にはいなかったみたいだから多分まだいると思うんだけど。」
誠人も毒ガス対策のためにガスマスクを着用している。目の前の男が誠人だとは当然気づけなかった。
「……何を話すつもりだ。」
「いや、そんなに大したことじゃないんだけどね。ちょっと謝りたいことがあってさ。大丈夫、それまで君にも後ろの人たちにも手を出さない。」
(バレてるか。まぁいい。)
「奇遇なことに俺がその男だ。」
「あぁ、そうだったのか。確かに背格好も似てるね。」
特に疑う様子もなくムルカは誠人の言葉を受け入れた。
「で、謝るって言うのは何に対してだ? 今更殺しちゃってごめんなさい、なんて言うつもりじゃないよな。」
「……うん。まずこの戦いは君たちの勝ちだ。俺は死に損ねただけ……このままのうのうと生きていくつもりもない。君たちと戦ったら静かに死ぬつもりだよ。立花幸に手を出す気もない。本来ここで死ぬはずだったんだから。」
「………………」
「何に対して謝ってるか、だったね。言語にするのは難しいけど君たちを侮っていたこと、それと生き残ってしまったこと……かな。自分では戦士として誇り高く生きてきたつもりだったけど、これだけの知恵を持った人間たちに対して敬意も持たず、挙句の果てには力を出し切らずに負けた。」
そこまで言ってムルカは自嘲気味に笑った。
「……それで? どうせ死ぬんだったら勝手に死んでもらった方が俺たちは助かるんですがね。」
「……わがままで悪いけど、それは出来ない。これが俺に示せる君たちへの最大の敬意であり、最後の矜持なんだ。せめて全身全霊で君たちとぶつかるまでは死にたくない。」
「…………俺たちには勝って当然、って感じだったけどね。」
「……もう違う。君たちも、いや……君たちこそが探し求めた好敵手だったのかもしれないと思ったよ。」
「勘弁願いてーわ。まぁでも俺たちにはお前を力ずくで止める術なんてないからね。かかってくるなら殺すしかない。」
「それでいい。君たちに殺されるのなら俺は満足して逝けると思う。」
「……そうかい。」
「外の人間たちも中に入れていいよ。俺は後手で構わない。心ゆくまで準備してくれ。」
「後悔することになるかもな。」
「ぜひ、そうさせてくれ。」
「ほんじゃお構いなく。」
誠人がそう言うと
(同じ戦法……見たところこの建物は三階建てだった。ならもうこの策は使えない。たった一度しか使えない手札をここで切ってくるか……!)
(もともと来てすぐ戦うつもりだったからな。下の階で準備はすでにさせてある。だがこれで仕留められなければいよいよおしまいだ。腹をくくるしかない……!)
粉塵を巻き上げながらムルカは1階へと落下した。
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(早く……早く伝えないと……!)
番は極度の緊張と恐怖で硬直した足を重たそうに動かしながら誠人たちの元へ向かっていた。
(このままじゃ、全員死んじゃう……!)
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