第60話 仮初

(えっ? 体が浮いっ……)


 突如、部屋の中に体が浮くほどの暴風が吹き始める。先刻まで違和感でとどめていた認識が確信に変わる。


(何かに掴まっていないと飛ばされる……! この状況で姿を見せるわけにはいかない!!)


 暴風の中とはいえ、この風を発しているのがムルカ自身であるならばムルカだけが自由に移動できる術があっても不思議ではない。体の自由が奪われた今の状態で視認された場合、ほぼ死ぬと考えていい。


 番はオフィスデスクに掴まって必死に耐えるが、やがてデスクも風によって浮き始める。


(噓でしょ!? こんなの、もうどうしようも…………!!)


 途端に風力がもう一段階跳ね上がり、番はデスクと共に宙へ投げ出される。当然ムルカがその隙を見逃すはずがなかった。


「そこにいたか……」


 おもむろに手を合わせ、番に照準を合わせる。依然として番は体の自由が利かない状態だった。


「ホント手こずらせてくれたね。誇っていいよ。君は強かった。」


(…………ゲームオーバー、ね。後は頼んだわよ……!)


喰鎌リル────っ!?」


 番が死を覚悟した刹那、再びムルカの立っている部分の床が崩落し始めた。


「く……!」


 バランスを崩したことでムルカの喰鎌リルは軌道が変わり、本来なら胴体を両断するはずだった風の刃は番の頬をかすめるだけにとどまった。


(もう少しだったのに……! また同じ手か……芸のない!)


 崩れた床の下からは先刻まで部屋に充満していた白煙が舞い上がって来ていた。


(既に煙幕は張ってあるみたいだね。もうあまり意味をなさないけど。)


 やがて床は完全に崩れ、瓦礫と共にムルカは下層へと落下した。


(煙は風で逃がせばいいとして、この部屋はさっきと違って気配を感じる。かなりの数がいそうだな。それならいっそ凍世リースで全員一気にやってしまった方が………………!?)


 直後、ムルカの思考を遮るように眩暈と吐き気が襲ってきた。


(ありえない、症状は回復してきてたハズ……! なんでこのタイミングで……)


 ムルカはひとつだけある勘違いをしていた。


 それは毒の


 ムルカは番から攻撃を受けた後に症状が出始めたことから武器に毒が仕込まれたと誤認した。しかし実際には攻撃を食らわせたタイミングで部屋に張る煙幕を毒ガスに変更したことで症状が現れた。


(くそっ……こんな……)


 番の戦闘はマスクを通してリアルタイムで記録・伝送された。すなわち、番が得た情報は既に全部隊に共有されている。


「かかれぇーっ!!」


 毒によってふらついたムルカに向かって一斉に隊員がとびかかる。二つの弾痕と表皮に該当しない局部のみを近接攻撃によって確実に狙う。


「ぐああぁぁぁ!!」


 反撃は間に合わず、ムルカはほぼすべての攻撃をその身に受けることとなった。両目は容赦なく串刺しにされ、弾痕には深々と刃が突き刺さり徐々に傷口が広げられてゆく。


 だが、ムルカも受けるばかりではなく逆風で吹き飛ばしたり、その怪力で手足を振り回すことでまとわりつく隊員をとにかく払い続けていた。


「まだだ! 完全に絶命するまで続けろ!!」


 隊員の何人かは壁や床に打ち付けられて戦闘不能になっているものの、圧倒的な物量によって絶え間なく攻撃を浴びせ続けていた。


(しつこい! でもさっきより息苦しさは無くなった。毒さえ回復できればこいつらなんか……!)


 反撃の逆風によって毒ガスがムルカの周囲からはけ始める。


 それは本能的な行動だったのだろう。


 毒の原因がガスにあったことをムルカは知らない。だが、わずかに感じていた息苦しさが緩和された瞬間、ムルカは深く息を吸おうとした。


 隊員の一人がその瞬間を見逃さなかった。


「が…………!?」


 ムルカが大きく口を開けた瞬間、ナイフを持った右手を中に突っ込み内側からムルカの喉を掻き切った。


 首の前半分が千切れ、喉笛があらわになる。傷口からは勢いよく血飛沫が上がり、ムルカは力なく仰向けに倒れこんだ。


…………か。)





 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「勝った……?」


「はい! 首を切り落とし、確実に戦闘不能状態にしておきました。」


「そ、それならよかったです。」


 別室で待機していた隊員たちはムルカ討伐の報告をトランシーバーで受け、その場は安堵と歓喜に包まれた。


 ただ一人、誠人だけが信じられないといったような表情だった。困惑する表情の誠人に大里は語り掛ける。


「どうしたんだよ? 喜んでいいんじゃないか。」


「いえ、なんか現実味無くて……」


「まぁ……意外とあっさりだったってのはあるかもな。でも勝ちは勝ちだ。番さんを労ってあげよう。今回のMVPはお前と番さんだ。」


「………………」


 なおも誠人は考え続ける。


(本当に終わったのか……? 何か、何か重大な見落としをしているような気がする……)


 今一度自分の持っている情報を整理する。


(確定してることはムルカを首チョンパ&串刺しにしてるってこと。これは嘘のはずがない。体の内部構造が多少違ってもその状態なら九割九分ムルカは死んでいるといえる。不確定なのはムルカの能力。映像を見るに風を操るような力を使っていた。それに最初の移動技も雷……みたいな力を使ってたよな。どっちもレイさんから教えてもらった師団長の能力だ。それを加味すると一番有力なのは吸収した魔力をそのままアウトプットできるという説だけど、まだ証拠としては不十分な気もする。だとしても何でこんなに引っ掛か────)






 ────いいか、団長の能力はだ。






「マズい…………!!」


「あぁ? どうしたんだよ。」


「現場部隊! 応答してください!!」


 急いで誠人はトランシーバーに電源を入れ、現場の部隊に連絡しようとする。だがスピーカーからは空しくノイズが発せられるばかりであった。


「くそっ……!!」


「なぁ誠人、一体どうしたん……」


「大里さん。今すぐ現場に向かいましょう。」


「だからそのつもりだって。」


「フル装備で、です。思い過ごしだったら謝ります。でもおそらく、戦いはまだ終わってません。」


「……マジかよ。首をはねてんだぞ?」


「詳しいことは行く途中で説明します。他の人にも声をかけてすぐに行きましょう。」


「……わかった。」


 誠人の指示通りに大里は部屋にいるほかの隊員に現場に突入する旨を伝えて回った。


 考え得る限り最悪のケースを想像し、誠人は自責の念に駆られる。


(忘れていた……まず始めに気づかなければいけないポイントだった……! 頼む、思い過ごしであってくれ……!!)


 しかし、その懇願は空しく散ることとなる。





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