第59話 嚆矢

 琉球古武術における武具の一つ、さい

 琉球王国時代には警察組織の護身用の武具として携帯されており、三つ又の十手のような形を生かした打つ、突く、受ける、引っかける、投げる等の多彩な攻撃方法を強みとしている。


 インドネシア発祥のナイフ、カランビット。

 元々は稲作のための農具であったが、シラットなどの近接格闘術との相性の良さが注目され現代では戦闘用として作られることが多い。湾曲した刃によって腱や脈を容易に巻き込んで切り裂くことが出来るため、使い手次第では直刃のナイフよりも高い殺傷能力を得られる。


 基本的にこの二つは二本一対として用いられることが多いが、番はこれらを片手に一つずつ携えて戦闘に臨んだ。


 理由はいくつかあるが最も大きいのは調である。


 幸との訓練で魔力を持つ者が打撃に対して異常な耐性を獲得していることは確認しているが、斬撃などの打撃とは異なる衝撃が有効かどうかは未だにわからなかった。そのため有効な攻撃手段を可能な限り多く調査する必要があり、その幅を広げるために番はあえて異なる武具を装備した。


(この距離なら外さない!)


 右手に携えた釵をムルカの肉体のへ突き出す。


 サーモグラフィの搭載された番のガスマスクにはその一点が鮮明に映し出されていた。


「がっ…………!!」


 突如、ムルカの足に激痛が走る。


 その痛みにムルカは覚えがあった。


 正確にはその痛みのに覚えがあった。


(こいつら……まさか!!)


 人間の腕力ではいかに隙を突き、完璧な一撃を入れられたとしても有効打になる保証はない。




 ────だが、既に有効打となっている場所があったならばどうか?




 誠人が撃ち抜いたムルカの左腿と右肩には直径二センチほどの弾痕が残っている。どちらも弾丸が完全に貫通しており、その二点であれば内部組織の部分まで攻撃が届くことは明白である。また、傷口は気化熱で冷却されるためサーモグラフィで容易に場所を特定できる。


(やっぱり、内部まで達せられればダメージは通る!)


 痛みで怯んだムルカの隙を見逃さず、番はそのまま深々と釵を突き刺した。


「調子に……乗るな!!」


 ムルカは手で薙ぎ払うように反撃に出るも視界の悪さもあって番の位置を正確に捉えられず、余裕で躱されてしまう。


「ぐっ……!」


 さらには傷口に突き刺さった釵の柄を回避と同時に蹴り上げられ、再び襲ってきた激痛によって膝をついてしまう。


(もう俺に攻撃は通らないと思ってたのに……のは盲点だった……! ひとまず早くこれを抜かないと……)


 番が引いたことを確認してムルカは釵を抜こうと試みる。しかし、そのことは当然番も気づいていた。


(まぁそうするわよね。でもそれをさせるほど、私は優しくないのよ。)


 番はサーモグラフィでムルカの体勢を確認し、釵に手を掛けようとしたところで一気に接近した。


(……! こいつ、また……)


 足音でかろうじて反応は出来たものの番の攻撃を防ぐことは出来なかった。


 番はカランビットを肩の穴に突き刺し、走ってきた勢いそのままに肉を抉った。


「ぐ……!」


 反撃する間もなく、番は再び煙の中へと姿を消した。


(感覚で言えば斬撃の方が通りやすい気はする。弾痕がなかったらまた別かもしれないけど。でも、基本的に魔力で強化できるのは表面だけみたいね。)


 大技を警戒した番は一度ムルカから離れて分析を続けた。


 対してムルカは肩と腿の痛みからもうほとんど余裕がなくなっていた。


(クソ……これ以上削られるのはまずい。かといって全開放ラスターを使うわけにも………………!?)


「なんっ……だ……?」


 唐突な眩暈と吐き気。


 平衡感覚を失い、ムルカは床に両手をついてしまう。


(これは……毒! 武器に塗っていたのか……!!)


 慌ててムルカは腿に刺さった釵を抜き、傷口から流れ出てくる血を見て歯を食いしばった。


(すでに毒は回った。ここからは治癒を待つしかない。とにかくまずあの女を仕留めないとな。そのためには……)


「仕方ない……か。」


 ムルカはため息をつき、何かをあきらめた様子だった。ムルカの不自然さに番はいち早く気付いていた。


(動きが止まった。毒が効いてる……? でもこれ以上攻撃を加えるのは危険。今は離れたままかんさ──────)



 ぱりん。



 その時突然、窓が割れた。不意の出来事に数秒遅れて番は反応する。


(何でいきなり窓が……?)


 考える間もなく、煙はみるみるうちに窓と天井の穴から外へ放出されていく。


(偶然……ではないみたいね。さっきの移動技もそうだけど、魔力の吸収以外にも技はあるのかしら。それにこの……室内から吹くにしてはやけに強いわね。もしかしてこれも……?)


 やがて煙はすべて排出され、あとにはデスクや書類が無造作に飛び散った伽藍堂のオフィスのみが残った。暗闇にも慣れた今のムルカの目ならば部屋のどこにいようとも番の姿は視認できる。そのことは番も予測していた。


(潮時……ね。出来すぎなくらいだわ。これだけあればあんたなら倒せるでしょ、誠人。)


 自分の役目を終え、事前の作戦通りに番は退避の態勢に入る。


 だがその時、静かではあったが確かには聞こえた。


 間違いなく、ムルカの口からその言葉は発されていた。


乱空ガドラ…………」






 それは悪夢の始まりの合図だった──────────






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