第57話 フェーズ

(魔力による攻撃じゃない……単なる物理的なものだ。それがここまで……)


ムルカは銃弾の雨に打たれながら、冷静に現況を整理していた。


(動くのはきついけど魔力で強化していればそこまでダメージは無い。物資にも限りがあるだろうし、ここは耐えて────)


ムルカの認識は概ね正しかった。ムルカの魔力切れを狙うためには現在の機関銃による面制圧を続行するしかなく、弾薬消費の激しい機関銃では可能な限り弾薬を節約したとしても魔力切れまでムルカに有効なレベルで維持することは厳しい。


人間側の勝率は極めて低かっただろう。


「……!!」


瞬間、焼け付くような激痛がムルカの右肩に走った。


(なっ……なんだ、これ……!!)


機関銃の掃射に難なく耐えていたムルカは完全に油断していた。

慌てて肩に目をやるとそこにはくりぬかれた様に見事な風穴があけられており、傷口からぼたぼたと血がしたたり落ちていた。


(あ、ありえない。魔力を帯びてないただの物理攻撃で、俺の肉体を貫通したのか!?)


途端に危機感を覚えたムルカはすぐに建物の陰へ移動しようとするが、絶え間なく浴びせられる弾丸でほとんど身動きが取れなかった。


(くそっ……くそっ!!)




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「右肩に着弾。貫通を確認。」


誠人は傍に置いておいたトランシーバーで全体へ状況を報告し、すかさず反動で位置がずれた銃身を元の場所へセッティングする。


「ひっさしぶりに使ったわ。やっぱやばいなコイツ。」


たった今、ムルカの右肩を撃ち抜いたのは誠人のライフルである。


通常、戦車や航空機といった人間以外の対象に用いられる対物ライフルは対人兵器とは一線を画す、圧倒的な威力と射程距離を誇る。

今回の戦闘のために以前誠人と番が所属していたアメリカの某部隊のつてで入手したライフルは、全長2.5メートル、口径20ミリ、総重量50キロオーバーという規格外のスケールを持つ代物であり、人間に当たればまず間違いなく当たったが吹っ飛ぶ。


(……はずなんだけどね。あっちはあっちでバケモンだ。)


セッティングが終わり、再び照準をムルカへ合わせる。


(よし、次は……)


誠人はムルカの左腿に照準をうつし、二発目を撃った。


「……左大腿部に着弾。」


反動を骨で受け止めながら変わらず誠人は冷静に状況を報告する。


(これで足を奪った。この一斉掃射の中なら、もうほとんど動けないだろ。)


「……ねぇ、誠人。」


誠人の報告を聞いて番の中にある疑問が浮かんだ。


「ん? 何?」


「なんで頭や胴体を狙わないの? さっきだって肩に当ててたじゃない。」


「あー、どうもあっちの人ってこっちの人間と内部の構造が違うらしくてね。骨とか筋肉の部分はほとんど同じらしいんだけど急所が違うらしい。」


「……それで、急所って言うのはどこなの?」


、ってさ。どうも個体によってかなり違うらしい。魔力を生成する器官が急所らしいんだけど……」


「それで狙いをばらつかせてるのね。」


「いや、初弾は反動でずれただけだよ。本当は頭を狙ってた。二発目は的がデカくてあんまり動いてない足を狙った。ま、要するに置きに行ったってこと。でもこれで足は奪えたから結構進めやすくなると思う。」


「この分なら俺たち要らなかったんじゃないか?」


「そうですね。このまま行けば……」


一人の犠牲も出さない、理想的な勝利の形が誠人の脳裏によぎる。


(順調すぎて気味が悪いくらいだ。でも案外こんなもんなのか? いや、まだ油断はしちゃいけない。確実にムルカが死ぬまで────)


そのとき、スコープ越しに見えた光景に誠人の思考が遮られる。


「なん……だ……?」


依然として機関銃による掃射は続けられている。


それにもかかわらず、ムルカはゆっくりと、しかし確実に立ち上がろうとしていた。


(嘘だろ……足も奪ったのに動けるのか!?)


やがてムルカは弾丸を浴びながら立ち上がり、直立不動のまま停止した。


刹那、誠人の背筋に悪寒が走る。


「何か……何かヤバイ……ッ!!」


すぐさま誠人はムルカへ照準を合わせ、三発目を発射した。


しかし次の瞬間、ムルカは誠人たちの視界から消えた。


「くそっ……あいつ、あんな移動法を持ってたのか……!」


悔しさのあまり誠人は拳を叩きつける。


(こうなると厄介だ。また上から補足してもらうしか……すぐに連絡を……)


「いや、その認識は少し違うかな。」


「…………は?」


突如、誠人の背後から聞きなれない声が聞こえた。


声の主は、先刻までスコープ越しに覗いていたムルカ本人だった。


「まぁ……どうでもいいよね。」


「危ない!!」


普段の番には似合わない、焦燥と恐怖を孕んだ叫び声。


誠人が振り返った次の瞬間には既にムルカの拳が振り上げられていた。


「く……っ!!」


その何気ない一振りが己にとって致命的なものであることを瞬時に悟った誠人はほとんど反射的に回避した。


拳が振り下ろされた先にあったライフルは瓦のように真っ二つに破壊され、それでも勢いを殺しきれなかったムルカの拳はビルの屋上へ深々と突き刺さった。


異世界人の攻撃力は幸との訓練で理解しているつもりだった。しかし、その力を殺害するために自分へ向けられることがどれだけ恐ろしいことなのかを三人は改めて認識した。


「……ん。刺さっちゃったか。面倒だな……」


「……おいムルカ。」


可能な限り思考するための時間を稼ぐため、誠人はあえてムルカに呼びかけた。


「あれ、俺の名前知ってるんだ。」


「とあるルートからな。」


「ふぅん。まぁ別に何でもいいけど。」


「……なんでここを狙ってきた。」


「……それ、言う必要ある?」


(ちっ……こいつ……!)


会話するうちにムルカが気まぐれな性格であることは誠人もうすうす感づいていた。だが気まぐれな分思考が読みづらく、どこを攻めれば会話に集中させることが出来るかがほとんどわからなかった。


(銃声は止んでる。全員異常事態であることには気づいてるみたいだ。今一番優先するべきはこいつの位置の共有と配置替え……最低でも一分、可能なら二分は欲しいけど……この感じだと望みは薄いか……)


「……まぁいっか。」


「えっ?」


「うーん、見た感じもう負けることは無さそうだし。さっきのは危なかったけど、あれさえ越えちゃえばね~」


「……まぁな。」


油断と慢心。

ムルカはあからさまに目の前の人間たちを侮っていた。


(力関係から言えば当然の反応か。それなら利用しない手はない。)


「で? なんでここを狙ってきたんだ?」


誠人は後方の番と大里に指文字で指示しながら会話を続ける。


「二発もくれたでしょ、君。」


「…………」


「さすがに二発も食らえば発射位置くらい特定できるよ。分かっただけじゃしょうがなかったから少し使ったけど。」


「……さっきの光か。」


「そうそう。まさか立花幸以外に使うことになるとは思わなかったよ。。」


(……ヴォルキア? それって確か第二師団長の……)


聞き覚えのある名前とムルカの言動から誠人は推論していく。


(確か雷の能力を使う奴だったよな。ムルカの能力は魔力の吸収……もしかすると……)


「はぁ……このくらいでいいかな。ちょっと痛かったし、結構イラついたから君たちには死んでもらうよ。」


「それは出来ない相談だな。」


「相談じゃないよ、決定事項だから。」


「……どうかな。」


誠人がそう返すやいなや、三人は後方へ飛び退いた。


「何を────」


ムルカが三人の行動の意味を理解するよりも前に、屋上の床が爆音とともに崩壊を始める。


「くっ……」


舞い上がった土埃に視界がふさがれる。


「ふぃ~、あっぶね。」


「威力ちゃんと計算してたんでしょうね?」


「……あぁ! うん!」


「………………」


「大学ん時からお前そんな感じだったよな。」


「ほんっとに笑えない……」


「まぁまぁ。」


会話しているうちに視界は晴れていく。


階下からはムルカのものと思われるかすかな咳音が聞こえてきていた。


(とりあえず何はともあれ当初の最高の形は崩れちまった。ここからは……)


「危険度マックスのフェーズ2だ。頼んだよ、番。」


「当然。」


そう言うと番は誠人から渡されたガスマスクを被り、ムルカの元へと向かった。




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