第56話 弱者の戦い

「現況は?」


「特にこれといった変化はないようです。なぜかゾンビ兵も付近にいなかったので容易に取り囲めました。」


「それは多分ムルカの能力が原因だろうね。さっき轢いたゾンビ兵も強度からして魔力を帯びてそうだったし、近くにいると不都合が多いんでしょ。」


「確かに……」


「あー、思い出しても腹立つわ。あいっつらボコボコぶつかってきやがって……保険って降りるのかな、これ。」


「……自然災害と同じ扱いなら。」


「……まぁいっか。生き残んなきゃどっちにせよ終わりだし。にしても思った以上に進行してたね。救助隊が巻き込まれた報告はまだ入ってないけど民間人は殺されまくってる可能性もある。そんで片っ端からゾンビにされてるとしたらいよいよやばいかもな。」


 誠人と運転手の刑事はヴォルキアの雷撃を危惧し、車でムルカの出現した川崎まで向かっていた。


「民間人の保護は進んでいるんですか。」


「都心部はぼちぼち、って感じかな。地方はまだあんまり。この時間帯だとほとんどの人が寝てるから探すにしても室内に入る必要があるしね。まぁ、戦闘の邪魔にはなりにくいしその辺は不幸中の幸いかな。」


「しかし、もうあと一時間もすれば……」


「うん。起きてくるだろうね。お世辞にも外は穏やかとは言えないし。」


 誠人は民間人への被害を最も危惧していた。戦闘が長期化すれば巻き込まれる人数や規模はその分だけ増加・増大してしまう。また、東京都民は被災経験が比較的少ないと想定できるため、パニックを起こして避難がスムーズにいかないケースも十分に考えられる。


(民間人がほとんど動いていないこの時間が勝負。今のうちに殺傷能力の高い師団長以上を出来るだけ削っておきたい。それに……)


 誠人はムルカ討伐の任の重さを今一度実感していた。


(魔力の吸収……ここで倒しきれなかった場合、相性から考えて幸くんとレイさんの両方ともが倒される可能性が高い。つまり、ここでの負けは戦争全体の負けに直結する……)


「ま、勝つけどね。」


「え? 何か言いましたか?」


「いんや別に。気にしなくていーよ。」


(策は用意してある。それにレイさんが来たことで想定よりこっちの戦力は増強されている。おかげで出し惜しみせずにやれそうだ。)


 そうこう考えているうちに二人を乗せた車は川崎へとたどり着いた。付近にはムルカがいるはずだが、あたりはすっかり静かで、遠方からの雷鳴のみが響き渡っていた。


 市内を少し走ったところで連絡役の隊員の元に到着した誠人たちは、ムルカについての報告を受けた。


「……なるほどね。今のところは特に動きなし、と。包囲は完了してるんですか?」


「おおむね完了させています。指示通り付近の建造物の屋上にも隊員を配備させています。」


「そういえば先行隊にを積ませていたと思うんですが……」


「はい。先ほど配置を済ませたところです。こちらが配置の簡略図になります。」


「ありがとうございます。」


(報告を聞くに、ムルカはゆっくりではあるけど都心部へ一直線に向かってる。このまま行けばあと五分ちょっとくらいでぶつかるな……)


「私も参加するので案内をお願いできますか?」


「承知しました。」


 連絡班の隊員を乗せ、誠人たちは市街地へと向かった。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「はぁ……面倒くさい……」


 ムルカはゆっくりと一歩ずつ都心へ向けて歩を進めていた。


(ナキアのやつ……こんなとこに転移させやがって。電柱見たら神奈川って書いてあったし。東京じゃないじゃん……多分、大田区も入れた時に削り忘れたんだろうなぁ……あいつ、そういうとこ適当だったりするよなぁ……)


 口でも脳内でも愚痴をつぶやきながらムルカは進んでいた。


(一応舞台が東京の設定だからここで戦うわけにもいかないし……まぁでも都心まではそこまで遠くない。ゆるゆると行っても夜明け前くらいには……)


「……ん?」


 そのとき、ムルカの眼前で突然『カランッ』という空き缶を放り捨てた時のような軽い金属音が鳴った。


 張り詰めた静寂の中に現れた明らかに不自然な音。


 当然ながらムルカはその音の正体を探るために音の鳴った方向へと視線を向けた。


(風で何か飛ばされ────)


 刹那、ムルカの眼前から思考をかき消すほどの閃光と轟音が広がった。


「ぐああぁぁぁッ!!」


 視線を向けていたムルカは強烈な閃光を目に受けてしまう。加えて至近距離だったことで突発的な轟音によるひどい耳鳴りを感じていた。


(ヴォルキア……!? いや、あいつの雷はこんな音じゃない。一体何が……)


 視覚と聴覚が阻害され、ムルカは極度の混乱状態に陥っていた。そこに畳みかけるようにして攻撃が仕掛けられる。


「今だ! 撃てーッ!!」


 周囲の建物から一斉に銃声が響き始める。常に敵を下に置き、屋上などの高所から銃撃を仕掛けることで味方への誤射と敵からの反撃を極力防ぐ陣形。これが誠人の考案した対騎士団用の陣形である。


 誠人は銃撃が始まった直後に現場へと到着した。誠人は銃声を聞き、すぐに現場のビルにいた隊員へ状況を聞きにいった。


「現況は!?」


「たった今攻撃に入ったところです! フラッシュバンでの足止めが成功しました!」


「了解。今は一班が撃ってるんですか?」


「はい! 本当につい先ほど始まったばかりなので……」


「わかりました。今のところは事前の指示通りにお願いします。」


「了解しました!」


 その後誠人は階段を一段飛ばしで駆け上がり、すぐにビルの屋上へ向かった。


 屋上につくとそこでは大里と番が待機していた。


「遅いぞ、誠人。」


「マジすんません。途中でゾンビに襲われちゃって。」


「今はいいわ。とりあえずさっきフラッシュで……」


「あぁ、大丈夫。状況は下で聞いてきたから。」


「そ。ライフルの準備は一通り済んでるから、微調整だけしておきなさい。」


「おぉ! サンキュ!!」


「にしてもよくこんなもん持ってきたなぁ。」


「……だいぶ無理言ったでしょアンタ。」


「地球の危機だよ!? いいじゃんこんくらいはさぁ!!」


「そんなこと言ってる場合じゃねぇだろ。さっさと調整しとけよ。」


「あいはーい、すんませーん!!」


 誠人は急いでスコープを覗き、ライフルと三脚の微調整に取り掛かった。


「そういえばだけど……こんな一斉に撃って大丈夫なの?」


 番の疑問に調整を進めながら誠人は返答する。


「うーん、銃と弾は結構もらってこれたから多分大丈夫かな。あと長篠リスペクトも入れてるし。」


「……なにそれ。」


「あーそっか。番は幸くんにつきっきりだったもんね。そろそろ聞こえるんじゃないかな。」


 誠人がそう言った直後、拡声器による『スイッチ!!』という大音声が響き渡った。


「これって……」


「うん、全部の部隊を三班に分けてリロードのときに撃つ班を丸ごと入れ替えてる。ほとんどの人に機関銃持たせてあるから切れ目なく相手を制圧できるって寸法よ。」


「…………やりすぎじゃない?」


「いやいや。実際この銃撃でどの程度ダメージが入ってるかもわからない。無傷の可能性もあると思ってるよ。幸くんを見てれば何となくそう思わない?」


「まぁ確かに……」


「だからとにかく弾幕で制圧する。反撃の隙は与えない。ムルカの。これはそういう戦いなんだ。」


「……反撃されたときの準備はあるの?」


「もち。隊員の人たちにも伝えてある。ただ……」


「……無傷では済まない、ってとこかしら。」


 言い淀んだ誠人の表情から番は察した。誠人はその返答に対して静かにうなずく。


「……囮が要るの?」


「大丈夫。それは俺が……」


「私がやるわ。」


「いや、番は元々作戦自体に参加する予定じゃなかった人間だ。いきなり囮なんて……」


「はぁ……あんたのことだから確実に死ぬような作戦じゃないんでしょ。だったら私に任せなさい。」


「でも……!」


「冷静に評価して。あんたはここで死んでいい人間じゃない。あんたが生きてればより多くの命が救われる。救うためには捨てる勇気も持たなきゃいけないの。これはそういう戦いなのよ。」


「………………」


 誠人はすでに番を囮にすることが最適解であるということを確信していた。当然勘定で下すべき判断でないことは確かだが、即座かつ冷徹にそう判断できてしまう自分自身を誠人は強く嫌悪した。


「……わかった。調整が終わったら作戦を伝える。」


「安心しなさい。生きて帰ってきてあげる。」


「お願いしますよ、マジで。」


「あーあ、番さんに色々言われちゃってもう立つ瀬がねぇよ。」


「大里さんは戻りますか?」


「そんな訳ねぇだろ。元々こっちに居座るつもりで来たからな。どうせ本部にいたって雑用とか連絡係やらされるだけだ。一人抜けても問題ない。」


「……死ぬかもしれませんよ。」


「だな。でもどっちみちここで負けたら戦局はかなりきついだろ。どうせなら動いて死ぬさ。」


「……死なせませんけどね。」


「そっくりそのまま返してやるよ。お前だけは死なせない。」


「…………ハッ、俺ホント恵まれてるわ!!」


 歯を食いしばり、溢れだしそうな感情を可能な限り抑えて誠人はライフルの調整を終えた。


「よっし! 御二方! 作戦説明するんで出来るだけ一回で聞き取ってくださいよ!!」






 長く、苦しい、弱き者たちの戦いが今、幕を開けた───────







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