第55話 第2師団長 ヴォルキア・ハート

 ヴォルキアの最も優れている点は何か。


 答えは当然、圧倒的なスピードである。


 では、ヴォルキアの弱点は何か……?





(当たれ……!!)


 蒼炎によって焼け爛れた拳がヴォルキアの最大の弱点である防御力の低さを物語っていた。


 ヴォルキアが生み出す雷はほとんど質量をもたないため、相手の攻撃に対して回避以外にはほぼ防御する手立てがない。


 すなわち一撃でもヴォルキアに攻撃を当てることが出来れば、形勢がひっくり返るどころかその一撃で勝負が決まることすらあり得る。


 幸の飛閃は真っすぐにヴォルキアの頭部へと昇っていく。




 完全に裏をかいていた。


 完全に虚を突いていた。


 


「なっ……」


 青白い閃きと共にヴォルキアは幸の視界からいともたやすく姿を消した。


 慌てて幸も起き上がりあたりを見回すと、ヴォルキアは数メートルほど離れたところで頬を押さえながらくつくつと笑っていた。押さえている手の指の隙間から静かに血がしたたり落ちていた。


「……失礼、少し油断していたな。やはり君は侮るべきではないと確信したよ。」


「……くそったれ、なんで今のが避けれるんだよ。」


「そんなことは考えるまでも無いだろう。。ただそれだけのことだ。」


「……………」


 ヴォルキアは自身の肉体を電気によって活性化させ、反応速度や敏捷性を爆発的に上昇させている。完全に警戒から外れていた幸の飛閃も、反応速度を極限まで底上げさせていたことで回避することが出来た。


(クソ、出来れば今ので決めたかった……!)


 飛閃は言うまでもなく幸が持つ中で最速の技である。完璧な状況で放った飛閃が回避され、飛び道具は通じないと理解した今、攻撃手段は物理的なものに限定された。


(でもあいつの攻撃手段も制限できた。蒼い炎を纏ってればあいつもさっきまでみたいな連撃は出せないはずだ。となれば遠距離攻撃主体で……)


「『遠距離攻撃主体で来るだろう』……か?」


「……!」


 心を見透かしたかのような発言に幸は動揺を隠せなかった。それを見てヴォルキアはにやりと笑った。


「君は分かりやすいな。今のは容易に想像がつく範疇だろう。私に心を読み取るなどという能力は無い。戦場では心を表に出さないようにすることだ。」


「……ご丁寧にどうも。」


「……先刻の一撃、あれは称賛に値するべきものだった。君を侮っていた自分を恥じたよ。」


「…………」


「だがね、それは?」


「……どういう意味だ?」


「君も私を侮っているのではないか、ということだよ。?」


「……!!」


 再び閃光と共にヴォルキアは姿を消した。


(ハッタリだ。そうに決まってる。皮膚が焼け爛れてたんだぞ!?)


 動揺しながらも幸は拳に蒼炎を携えて反撃の準備をする。しかし、その行為がほとんど意味をなさないことを幸は直感していた。


「ぐっ……!」


 当然反応すらできずに幸は打撃を受け続ける。半ば反射的に炎による反撃はしていたが、それでもヴォルキアは攻撃の手を緩める様子は無かった。


(当たってるはずだ……絶対にダメージは受けてる。なのになんで止まらないんだ!?)


 己の常識とは大きくかけ離れたヴォルキアの行動に幸は困惑するばかりだった。その様を見たヴォルキアは再び落胆する。


(……やはり、君はまだどこかずれているんだ、立花幸。確かに適応が進めばいずれは私の速度に反応できるようになるかもしれない。だがそれは最善手なのか? それが君のすべてなのか?)


 焼けた拳の痛みなど意にも介さずヴォルキアは攻撃を続ける。


(適応のみに頼って私に勝てると本気で思っているのか……もしそうなら少々楽観的すぎるな。フェリド、お前もいるのだろう。シャクナはよくやっている。お前は何をしているのだ……!)


 怒気を孕んだヴォルキアの拳は確実に幸の体力を奪っていた。


(くそっ、このままじゃ……)


 このまま防御に徹し続けたとしても、適応前に体力が尽きるであろうことは幸自身が一番よくわかっていた。それほどまでにヴォルキアの全力は桁違いだった。


(一撃一撃がとんでもなく重い……! しかも尻上がりに威力が上がってる……まだ最高速じゃなかったのか!!)


 もはや迷っている暇はなかった。全力をもって応えることでしかヴォルキアを倒す道筋が存在しないことを幸は確信した。


(出し惜しみは無し、連戦は考えない……! まずは近接攻撃の手札を消す!!)


 幸は攻撃の途切れたタイミングで指を祈るように組んだ。


熱界ねっかい!!」


(……! これはまさか……)


 ヴォルキアはいち早く異変に気付き、足を止めた。それもそのはず、幸の周り半径数メートルほどのアスファルトがみるみるうちに液状化し、溶解していたのだ。


「はっ、なるほど。考えたな。」


 技の全容を理解したヴォルキアは不敵に笑った。


(消耗度外視の範囲攻撃……確かにこれなら速度関係なく確実に致命的なダメージを負わせられる。おそらくロウの凍世リースから着想を得たのだろう。軽く遊んできたと言ってたしな。まったく、厄介なことをしてくれたものだ。)


「どうした? もう来ないのか。」


 攻撃を止めたヴォルキアにゆっくりと幸は近づいていく。


「来ないんならこっちから行くぞ。」


「フン、よく言う。」


(……これははったりだ。私に追いつけないことなど百も承知のはず。と、なれば奴の狙いは挑発にある。焦っているのだな、このまま行けば適応の完了前に魔力が切れてしまうと。このまま身を隠して牽制し、消耗させれば私の勝利は確実……)


 ヴォルキアの現状認識はおおむね正しい。


 幸の勝利条件は速度への適応であることには変わりない。なぜなら速度へ適応しない限りは攻撃を防御することも、攻撃を当てることもままならないからである。


 そのため幸は可能な限り魔力出力を抑えて反撃時に一気に開放するという算段を立てていた。しかし、ヴォルキアの想像以上の攻撃に対しては出力の高い熱界ねっかいで防御するしかなく、この時点で幸の狙いは完全に外れ、ヴォルキアの勝利はほとんど揺るがないものとなってしまった。


 だが、これはあくまで両者の実力のみを加味した場合の話である。


「そんな退屈な道を……私が選ぶと思うかね。」


「……?」


「安心しろ立花幸。君の狙いはすべてわかってる。分かったうえで乗ってやる。私は君を殺したいのではない。。」


「……またご丁寧にどうも。」


「……近接封じ、いい判断だ。これで私も全力を出せる。」


「今までのがまだ全力じゃなかったのかよ……」


「ハッ、先に言っておいてやろう。。それ以上は無い。耐えることが出来れば……幾分か希望はあるかもな。」


「……悪いけど、俺も勝つしかないんでね。」


「だろうな。」


 そう言うとヴォルキアは陸上選手のクラウチングスタートのような体勢を取った。だがヴォルキアのそれは似て非なるものであり、より低く、より前傾した、獣のような構えだった。


 一瞬の静寂の後、静かにヴォルキアはつぶやいた。




概念干渉ヴェレンシア──────




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