第53話 霹靂閃電
「傷の具合は。」
「思っていたよりも大丈夫でした。これならすぐ出れます。」
出動命令を発されたレイはその旨を伝えるため、幸のいる医務室へ来ていた。
「そうか、それならいい。今すぐ渋谷へ出るぞ。」
「了解です。それじゃあシーマさんを……」
「待て。」
転移のため幸はシーマを呼ぼうとしたがレイはそれを制止した。
「……え?」
「渋谷までならここから三、四キロくらいだ。俺たちなら走りゃすぐだ。お前に作戦を伝える時間も欲しいしな。」
「あー……なるほど。」
(……まぁ理由はそれだけじゃないが、今こいつに言う必要もないだろう。)
「さっさと服を着ろ。悠長にしてる時間はねぇぞ。」
「はい!」
幸はすぐさま隊服を羽織り、置いていたトンファーを腰に携えて部屋を後にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ハハ……それはまたなんとも……」
乾いた苦笑を浮かべながら幸は渋谷へと向かっていた。
「悪いな。お前には相当負担をかけることになる。」
「……能力的にも仕方ないですよ、そればっかりは。とりあえずこっちとあっちの手札がわかったのは良かったです。」
「それも確実じゃねぇ。俺も奴らの能力を一から十まで知ってるわけじゃないんだ。曲がりなりにも新入りだからな。ヴォルキアも基本の攻撃手段は雷で間違いないと思うが、そこからどう応用させてくるかは全くわからん。おそらく
「臨機応変に、ってやつですかね……」
「良く言えばな。悪く言や出たとこ勝負だ。」
西麻布に差し掛かったあたりでレイは足を止めた。
「そろそろ奴の警戒範囲に入る。俺はこの辺で狙撃ポイントを探すから、お前はそのまま渋谷に向かってくれ。」
「わかりました。」
「……念を入れておくが、こっから先は絶対に気を抜くなよ。一瞬たりともな。」
重々しいレイの言葉に幸は生唾を飲み込みつつも静かにうなずいて返した。
それを確認したレイは小さくうなずき返し、そのまま夜のビル群へと消えていった。
幸は何度か深呼吸をした後、再び渋谷へと走り始めた。
第二師団長のヴォルキアは電気を操る能力を持つ、騎士団最速の男である。
彼の移動速度は落雷そのものに匹敵し、最高で秒速十万キロ、マッハに直せばおよそ三十万ほどとなる。
もちろん最高速を出すためにはいくつかの制限や条件を達成する必要があるが、ヴォルキアは自身の術で恒常的に音速以上の速度で移動可能なため、戦闘においてその部分を苦に思ったことはない。
(まだ渋谷駅までは一キロ以上離れてるはずなのに既に強大な魔力を感じる。迫力で言えばさっきのバカでかい怪獣よりも上かもしれない……)
人間の反応速度の限界は0.1秒。幸は魔力強化で身体能力を底上げしているが、それでもヴォルキアの攻撃に対応できるレベルには遠く及ばない。もしもヴォルキアが最高速度で攻撃を仕掛けてきた場合、雷光が見えた瞬間には既に攻撃を食らっているのである。
加えて魔力の感知能力も実戦経験が豊富なヴォルキアの方が幸よりもはるかに上回る。
すなわち、この闘いは後手が確定している。
それを二人は十分に理解していた。
幸は渋谷駅からおおよそ四百メートルの地点まで到達した。
(もういつ襲ってきてもおかしくない。とにかくレイさんに言われた通りに……!)
幸はトンファーを取り出して臨戦態勢に入り、周辺に被害が出ない程度に魔力の出力を上げた。
次の瞬間、夜の闇をかき消すほどの青白い閃光があたりに広がった。
(光っ───────)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「がっ……はっ……」
意識が戻った時、そこはコンビニだった。吹っ飛ばされた幸が壁を派手に貫いて突っ込んでしまったため、あたりには商品やひしゃげた商品棚が無残に散らばっていた。
(腹を……やられたのか……!)
腹部を強打されたことで眩暈と喉が焼けつくような吐き気に襲われていたが、いつ追撃が来るかもわからない以上幸はすぐさま体制を整えるしかなかった。
(くそっ、背中も尋常じゃないくらい痛い。でもギリギリ骨は折れてないか……)
───ハッキリ言ってヴォルキアから先手を奪うのは不可能だ。
(とりあえず、第一段階は成功だな。)
───だが一撃耐えることが出来りゃ、お前の"適応"が始まる。
(ここからは……)
───その後しばらくは持久戦だ。とにかく死なないことだけを考えろ。
(これを相手に持久戦……でも、やるしかない……!)
幸がやっとの思いで立ち上がると前方にこちらへ近づいてくる人影が見えた。
一般人は既に東京にはいない。
陸上隊も個人では動かない。
レイは狙撃地点を探しているはず。
残された可能性は─────
「久しいな! 我が永遠の好敵手よ!!」
戦いへの愉悦にあふれたヴォルキアの大音声があたりに響き渡った。
「まぁ……だよな。」
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